第18話 不安な侍女
~霧の谷の侍女 ラーナ~
あたしたちが茂みから立ち上がると、男たちは最初、驚いた顔をした。
「なんだ、人じゃねえか」
それから、まずあたしたちのシルエットを見て、安堵したような表情になる。
「……!」
そしてまた目を丸くして、一瞬言葉に詰まる。
忙しない人たちだ。
でも、理由は分かる。
あたし達が解いた闇の精霊のヴェールが、今ちょうど完全に晴れたからだ。
「おお」
つまり、マルティナさまの顔が露になって、絶句したのだ。そのあまりの美貌に。
……まあ、三割か四割くらいはサーシャかもしれないけど。
「めっちゃイイ女じゃん!」
「……ザック、後にしろ」
「ああ、すまん。そうだな」
鼻の穴を膨らます、赤みが掛かった金髪の男。
――気持ち悪。
あたしは思わず眉を顰めた。
不細工というほどではないが、陛下やルイーズさまやキロンに比べたら足元にも及ばない顔立ち。
「えーと、その、なんだ。あんたたち、こんなところで何してるんだ?」
金髪の男は後頭部をポリポリと掻きながら、話し掛けて来た。
「すみません。とても可愛らしいお花を見つけたもので、つい……」
マルティナさまはそう言って、手にした朱頂蘭を男たちに見せた。
凄い。いつの間に。
「花?森は、聖石の結界の外だぞ?」
茶色い長髪の男が怪訝な顔をする。
こっちは人間にしては、まあまあ整った顔立ちと言えなくもないが、ちょっと目つきが鋭すぎる。
「……ええ、ごめんなさい。村の端でこの子たちとお話をしていたら、その……あまりに素敵な赤色が見えたので」
「いやいや、困るよ、嬢ちゃんたち。いくら村のすぐそばって言ったって、結界の外に出ちゃ危ないだろー」
「そうだ。いくらなんでも、気が緩み過ぎじゃないのか」
金髪が困ったように言い、茶髪が呆れたように腕を組んだ。
「この森には魔物が出ないみたいだったので、ちょっとだけならいいかなと思ってしまって……本当にごめんなさい。反省しています」
マルティナさまはしおらしく目を伏せた。
可愛い。可愛すぎる。
というより敢えて女性らしく振る舞っているマルティナさま自体が新鮮だ。
「……ずっと村の中にいるとどうしても、息が詰まってしまって……皆さんが守ってくださっているというのに、ご心配をお掛けして本当にごめんなさい。今後は気を付けますわ」
サーシャも眉を吊り下げて、上目遣いに男たちを見上げた。
いつもはどちらかと言うと表情に乏しいサーシャが、目までウルウルさせている。
この子も役者だわ……
その無駄に完成度の高い芝居にちょっとイラっとするけど、やっぱり可愛い。
「そ、そうだよな……ずっと霧の中に閉じ込められているようなもんだからな」
金髪は憐れむように言った。
――勝手に霧の中に入ってきて、よく言う。
だったら、さっさと出て行ってくれればいいのに。
「……まあ、あんたたちの気持ちも分かるけどな。だがこの森も魔物が出ないとは言い切れん。悪いが自重してくれ」
マルティナさまか、サーシャか。
どっちの魅力にやられたか知らないけど、目つきの鋭い茶髪もその表情を緩めてそう言った。
それからふとあたしたちを見回して、
「ところであんたたち、見ない顔だな」
「……」
やばい、バレたか?
バレたら……終わりだ。
人間にバレたのなら――殺さないと。
「そういやそうだな。……てことは、嬢ちゃんたちはポルックス村の避難民か?」
あたしが密かに右手に力を込めようとしたとき、金髪がそう言った。
「何せ、この霧の中に来る直前に合流したからな」
「ええ、そうです」
「私たち、ポルックス村の者ですわ」
マルティナさまとサーシャが即答する。
しれっと答えながら、サーシャはそっとあたしの右手を掴んだ。
「……そ、そうよ」
あたしも仕方なく、コクコクと頷いた。
「やっぱりな!」
金髪は嬉しそうに笑った。
何がそんなに嬉しいんだ、コイツは。
でも、愛嬌がある顔……と言えなくもない、かもしれない。
そんなことを思った自分に、またイラっとする。
そしてその男は何故か、あたしのほうを見ながら言った。
「そうだ!せっかく顔見知りになったんだし、よかったらこの後みんなで茶でも一緒にどうだ?」
「えっ!?」
あたしは思わず大きな声を出してしまった。
なんとか危機を回避したと思ったのに、食事って……
ありえない。
「なあ、いいよな?ジェラルド」
金髪は振り返って茶髪の顔を窺う。
「ああ、いいんじゃないか。まあ、茶っつっても森で採れる薬草茶だけどな……けど、あんたたちさえよければ。聞いて良いなら、ポルックスの状況も聞きたいしな」
いい訳ないでしょ!?早く解放してよ!
と、あたしは思っていたのに――
「えーと……お食事、ですか?」
「お誘いいただけるなんて、嬉しいわ」
「えっ!?」
マルティナさまも即座に否定しないし、あろうことかサーシャが思わせぶりなことを言う。
「良かった!」
その返事を明らかに“承諾”と受け取った金髪がまた嬉しそうに言った。
「でも、私たちもまだ気持ちの整理ができていないので、話せないこともあるかもしれませんが……」
マルティナさまが言う。
「ああ、それはもちろん、構わんよ」
茶髪が頷いた。
「よし、決まりだな!」
金髪はそう言ってから、
「あんたもいいかな」
今度はあたしの顔を覗き込む。
「……!」
わざわざ、あたしにまで聞かなければいいのに。
あたしなんて、どうせついでなんだから。
あたしなんて無視して話が進んでしまえば、あたしはただ周りに流されていたかもしれない。
でも、訊かれてしまったら、あたしは――
「イヤよ……あたしは――絶対にイヤ!」
思わず、あたしは叫んでいた。
自分で思ったより、ずっと大きな声が出てしまった。
「なっ……」
金髪も茶髪も驚愕の表情を浮かべていた。
当たり前だろう。
ヤバい。
あたしのせいで、人間の怒りを買ってしまったか……
「ご、ごめんな。強引だったかもしれない」
けれど、意外にも金髪は怒るでも呆れるでもなく、素直に謝った。
「……」
「ああ、そうだな。すまない、俺達が悪かった。ポルックスが『大地の民』に襲われてまだ一月も経っていないというのに、少し軽率だったよ」
目つきの鋭い茶髪もばつが悪そうにそう言ってから、あたしに向かって頭を下げた。
「いえ……私たちのほうこそ、ごめんなさい。この子は……あの時にすごく嫌な思いをしたんです。だからまだ少し早かったのだわ……せっかくだけどお食事は、また今度で良いかしら?」
マルティナさまがあたしの背中に優しく触れて、男たちにそう言った。
「ああ、もちろんだ。本当、悪かったな」
茶髪が頷く。
そして男たちは去って行った。
去り際に、金髪がわざわざもう一度あたしの前に来て、
「ごめんな。オレ、あんたの気持ちもちゃんと考えてなくてさ。反省してるよ」
そう言った。
「……良かったら、また今度、落ち着いたら話でもさせてくれよ」
「……別にいいけど」
これ以上場を濁してはいけないと思い、あたしは俯いたまま辛うじてそれだけ答えた。
すると、金髪は嬉しそうにニカッと笑った。
「良かった!じゃあ、またな」
その顔は、最初に思ったほど不細工でもなければ、気持ち悪くもなかった。
何よりそれが、あたしには無性に腹立たしかった。
何故だかとても、怖かった。




