第16話 太陽の瞳
~王女~
「ん?」
その男は炎から目を離し、私を見て首を傾げた。
綺麗な顔だ、と、私は思った。
人間にしては、の話ではあるけれど。
「あなたたちは、どうして戦争をしているの?」
「それはまた……随分と難しい質問だな」
「難しいの?」
「ああ……何せおれたちはもう何十年も、いや、何百年も前から戦争しているからな」
「ずっと戦争をしているから?それが今戦争をしている理由なの?」
「いや、そういう訳じゃないんだが……」
彼は少しだけ困ったようにそう言ってから、しばし考え、そしてまた口を開いた。
「……もう、誰も戦争の理由なんて、分からなくなっているのかもな」
「なんで戦争しているかも分からないのに戦争しているの?」
「そうとも言えるな」
理解できない。
そんな馬鹿な話、あるのだろうか。いや、あっていいのだろうか。
私は少しばかりむっとして、そう言ってやろうと口を開きかける。
「……いや、たぶん違うな」
けれどそれより少し先に、彼がまた先を続けた。
「もっと複雑で、それでいてもっと単純なんだ」
私に、と言うより、まるで自問自答するように。
「おれたちはたぶん……いつだって、もっと良い世界を、もっと良い明日を求めて、戦っているだけなんだ。今だってそうだ。……ただ、それだけなんだ」
「なにそれ。じゃあ、より良い未来のためには、戦争は仕方ないって言いたいの?」
「いや違う。そうは思わないよ。お互いに手を取り合って、より良い明日を作っていく未来だってあるはずだ。少なくとも、おれはそう信じて戦っている。それがおれの戦う理由なんだ」
男は揺れる炎を見つめながらそう言った。
「そんなこと、あなたにできるのかしら?それができないから、人間はずっと争って来たんじゃないの?」
「はは。アマリリス、君はまるで他人ごとのように言うんだな」
男は苦笑した。
「……でもその通りだ。もしかしたら、おれは到底不可能なことをやろうとしてるのかもな」
それから呟くように続ける。
「だが無理でも何でも、それがおれに与えられた使命……おれの身体に流れる先祖の血に課された『宿命』なんだろう」
「……あなたは”血”に縛られているのね」
「なに?」
「与えられた使命だから……誰かにやれって言われたから、あなたは戦うの?『宿命』だから、従うしかないの?」
「どういう意味だ?」
彼は不思議そうに首を傾げる。
「私は『宿命』なんて信じないわ」
私は小さく首を振ってから彼の瞳を見つめて言った。
「顔も知らないご先祖様の”血”がそんなに大事?あなたの、今ここに生きているあなたの意志は、どこにあるの?」
「おれの意志……」
彼は驚いた顔で私を見た。しばしの間、言葉を失ってしまったみたいだ。
「……君は不思議な女性だな」
やがて、黒髪の彼は呟くように言った。
「おれの先祖は英雄だった。だけど、それはおれじゃない。例えその”血”を引いていても、おれはその人じゃない」
それからふと、小さく息をついてから笑った。
「君の言う通りだ。ありがとう、アマリリス。いつの間にか自分を見失っていた気がするよ。そうだ。”血”なんて——何の末裔かなんて関係ない。おれはおれだ。——そしてこれはおれの、おれ自身の意志だ」
そして私を真っすぐに見つめた。
「——約束したんだ。みんなにとってより良い未来を、おれが作ると。できるかできないかじゃない。おれが、おれの意志でやると決めたんだ。だから、やるしかないんだ」
その吸い込まれるような橙の瞳は、まるで太陽のようだと思った。
全てを照らす、陽の光。
彼のその瞳に何一つ嘘はないのだと、そのとき私は感じた。
「そう?じゃあ、私とも約束してくれるかしら。あなたが戦争を終わらせると」
だから私はそう言った。
彼は、『約束』と言う言葉を何度も口にしていた。
軽々しく『約束』をする者なんて、普通ならあまり信用できないけれど、彼は――レオンは違う。
彼がその言葉を口にする度に並々ならぬ決意と覚悟が感じられる。
それはもう、痛いくらいに。
覚悟ある者にとって、『約束』は『呪い』だ。自分を律し、自分を縛る。
どこまでも追いかけて、決して離さない。
「重いな。でも分かった。約束するよ、アマリリス。必ずおれが、この戦争を止める」
悲壮に満ちたその眼差し。
煌めく太陽の瞳。
私はこの青年を信じても良いと思った。
「なら私も、あなたを信じるわ」
「ありがとう。心強いよ」
確固たる決意がある。揺るぎない覚悟がある。
それでも、今のままでは彼は志半ばで果てるかもしれない。
――それは、いやだ。
でももし、力があればどうだろう?
彼に、もっと強力な武器があれば。
私たちには何の価値もない、ただ宝物庫に保管されているだけの、大昔の預かり物。
されど人間にとっては起死回生の、“王者の証”。
――『黄金の魔剣』。
「……ねえ。もしもだけど――」
私が意を決して、口を開いたその時だった。
「おい、アマリリス。どうしたんだ、その髪……!大丈夫か?」
「え?髪?」
目を見開く男の表情に嫌な予感がして、咄嗟に自分の髪に視線を落とす。
「!」
見れば栗色だったはずの髪が、一房、真っ青になっている。
しかも、良く目を凝らせばゆっくりと青い房が広がっていくのが分かる。
(しまった!)
最後にサーシャに魔法を掛けなおしてもらってから、一時間。
持続時間が切れるころだ。
私も自分で《色素移動》の魔法を重ね掛けしているから、いきなり肌が青色になることはないけれど、髪の色も目の色も突然変わってしまったらどう考えても怪しい。
それに何より、目の前で私の耳の形が変わったら、この男もさぞや私に不信感を抱くことだろう。
――いけない!
逃げなければ。
「ごめん、私、もう行かなきゃ……!」
私は急いで立ち上がり、振り返らずに言った。
「え?どうした、急に」
あまりに急な私の変わりように、彼は驚いた声を出した。
「急用を思い出したの」
「そ、そうか、わかった。なら村まで送っていくよ」
当然の申し出だろう。
私はつい先ほど魔物に襲われたばかりの非力な村娘だ。
それにどうせ彼も村に帰るのだ。
でも、それは困る。すごく困る。
「だ、大丈夫よ!……迎えが来るから」
「迎え?誰か来るのか?」
「ぱ、パパよ!」
「パパ?」
「か、カレシかも」
「かも?……あ、いや。父親でも恋人でも良いが、それならせめてその人が来るまでここで……」
「大丈夫!もう来ているから!」
「え?いや、しかし、それならここまで……」
「そ、それに、今この恰好を見られたら、誤解されちゃうかも」
「……た、確かに。それはそうかもしれないな」
私は今、彼のジャケットを羽織っているとは言え、その下は何も着ていない。
「だが、なら服を着てから……」
彼の言おうとしていることはもっともだが、今は聞いている余裕はない。
すでに前髪のほうは半分以上、蒼色に変わっている。
耳の先っぽもなんだかムズムズする。明らかに、元の形に戻り始めている。
私は焚火の傍に干していた服を引っ掴んだ。
まだ少しだけ湿っているが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
「コーヒーありがとう!とっても美味しかったわ」
「え……?ああ。あ、いや……」
まだ明らかに面食らったままの彼を置いてけぼりにして、私はにっこりと笑った。
そうだ。今はまだ、これでいい。
私の心はもう決まっているけど、私ひとりで決めていいことではないから。
「私もできる限り協力するわ。だから――」
来月。
大切なあの日に、お父様とルイーズと、それからみんなとちゃんと話そう。
ちゃんと話せば、きっとみんな分かってくれるはず。
「――あなたも私との約束、ちゃんと守ってね」
ちゃんと話して、ちゃんと分かってもらって。
それから正式に譲り受けよう。
彼らを、救うために。
王家の秘宝――されど私たちにとっては無用の長物、『黄金の魔剣』を。
私は最後に振り返ってそれだけ言うと、踵を返して森の中へ駆け出して行った。
太陽のような橙の瞳をした黒髪の青年をその場に残して。




