第14話 出会い
~王女~
「やっぱりいたわね。何となくそんな気がしたの」
私はそう言った。
もっとも、とても会話が通じる相手には思えなかったけれど。
『寂寥の森』の端。
人間の集落にほど近い、森の中。
そこには小さな泉があった。
そしてその泉を挟んで今私と対峙しているのは、大きな黒い、“犬”。
黒妖犬という魔物がいる。
割とポピュラーで比較的力の弱い魔物だ。
ゴブリンなどの妖魔に良く飼い慣らされているから、妖魔獣などとも呼ばれているみたい。
けれど今私の前にいるのは黒妖犬ではない。
仔馬ほどの大きさのあれは、――“冥猟犬”。
「冥猟犬が自然発生するなんて、珍しいわね」
魔物が『寂寥の森』に発生した時点で、すぐに『ニヴルヘイム』が探知している筈。
放っておいても、時期に〈戦士〉たちが討伐にやってくるだろう。
でも今回は遠い。
こんな森の端まで来るには、最短でも三時間は掛かる。
対してこの子たちが人間の集落にたどり着くのは、長く見積もっても三十分。
「護衛も無しで私が直接魔物と戦ったなんて知ったら、キロンは卒倒するわね……」
けれど、黒妖犬ならまだしも、冥猟犬は人間達の手に負えるとは思えない。
冥猟犬は乱杭歯の並んだ口の端からダラダラと涎をまき散らしながら、ゆっくりと浅い泉に侵入した。
真っすぐに私に向かって来る。
「……私は〈戦士〉じゃないけど、戦えない訳じゃないのよ」
ガアアアアッ!!
泉の中央までゆっくりと歩を進めた後で、冥猟犬は突然一気にペースを上げて私に襲い掛かってきた。
間合いを詰める魔物のその口が赤く輝き始める。
ゴオオオオオオオッツ!!
そして口内から火球が放たれる。
そう、ヘルハウンドは火を吐く魔犬だ。
「水の精霊よ」
私は泉の水をまき上げてその火球を掻き消す。
そのまま水滴を無数の弾丸に変え、一斉に冥猟犬に打ち込んだ。
グォォォォオオオオオッ!!
全身をハチの巣にされた冥猟犬は、断末魔の咆哮とともに緑色の体液をまき散らして泉に落ちた。そしてピクリとも動かなくなる。
「ふう。全弾命中でやっとか。やっぱり結構丈夫ね……」
私は一仕事を終えて軽くため息をついてから、泉に背を向ける。
だけど――
グルルルルルル……
グルルルルルル……グルルルルルル……
「群れで発生してたのね……」
……四、いや五。
私の周りを四方から取り囲み、冥猟犬が唸り声を上げながら少しずつ距離を詰めて来る。
そして一斉に地を蹴って飛びかかってきた。
同時に放たれる五つの火球。
「……ウンディーネ!お願い!」
私は水の大精霊の力を乞う。
次の瞬間、無数の水の刃が五体の魔犬の全身をバラバラに切り裂いた。
私の頭上で細切れになった冥猟犬たちが、緑色の体液の雨を降らす。
「あー……」
私は降り注ぐ緑の雨にうんざりした声を漏らした。
「どうしよ……服」
冥猟犬の体液に塗れた姿で帰ったら、キロンはもちろんレノラにもお父様にも怒られそうだ。
それ以前に、マルティナたちにも小言を言われそう。
私はそっと左右を見まわした。人の気配、なし。
動物の気配も……今のところなし。
虫くらいはいるだろうけど。
「……よし、今のうちに洗うか」
Ψ
幸い、ここは泉だ。水はいくらでもある。
私は脱いだ服を冥猟犬の体液で汚染されていない部分の水を使いながら、洗濯し始めた。
手洗いなんかじゃ絶対落ちない汚れも、精霊の力を借りて洗えば、ほら、この通り。
「うーん、真っ白……とまではいかないけど、まあ、許容範囲ね」
服を汚すのは私の得意技だ。ちょっとくらいのシミなら誰も魔物と戦ったとは思わないだろう。
あとは乾かすだけ。
私は風の精霊に呼びかけ――
ゴウッ!!
「!」
真後ろから放たれた火球を間一髪で躱す。
――もう一匹いたのね。
「危うく洗ったばっかりの服が黒焦げになるところだったじゃない!」
私は振り返って、通じないのは分かっていつつもその子に文句を言わずにはいられなかった。
水浸しの服をそっと岩の上に置いて、私は立ち上がり、魔物を睨みつける。
グルルルルルル――ッ!
冥猟犬が腰を屈めて臨戦態勢を取り始めた。
迎撃は……とりあえず火と雷はダメだ。下手したら森が火事になっちゃう。
それ以外で――
グルアアアッ!
「危ない!」
私が氷の槍で魔物を射抜こうとした、そのときだった。
ザンッ――
私の眼前で、冥猟犬の胴体が真っ二つに分断される。
「!?」
「大丈夫か?」
両断された魔物の残骸の前に現れたのは、人間。
先ほど集落で見た、橙の瞳に漆黒の髪の若い男だった。




