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第13話 隠密失敗

 ~サーシャ(霧の谷の侍女)~


「なんなのあの子?まるで姫さまのミニチュア版……?」


 私の右隣りで、ラーナが真顔で呟いた。


 私は苦笑した。

 言い得て妙だが、まさに同感だ。

 あの小さな人間の女の子が、姫さまに重なって見える。


 “ミニチュア版姫さま”か……略して“ミニモニ”かな。


 なんてひとりで妄想しつつ、私は素直にあの小さな少女に少しだけ好感を抱いていた。


 もちろん、それ一つをとって、完全に人間を信用したわけではない。

 けれど、少なくとも“子ども”は、私たちとそんなに変わらないのかもしれない。


 そんな風に考えながら、何とはなしに人間達を見ていた時だった。


「あ。」


 姫さまが小さく声を漏らした。


「姉さま?」

「どうかしました?」


 マルティナさまと私が同時に尋ねる。

 けれど、


「――ねえ、なんか鳴ってる!」


 というラーナの声に、私たちの意識はまた人間達に引き戻される。


 確かに、キィィィン、キィィィンという音が聞こえる。

 見れば、黒髪の男の指に光る赤い宝石が、光を放っている。どうやら、音の源もあの石のようだ。

 恐らくあれは紅玉(ルビー)


「……どうした『学者』」


 男はその指輪を耳に当てて、そう言った。


 なるほど。つまりアレは、人間が使う通信用の魔導具という訳か。

 私たち蒼い血の聴力をもってしても、念話の先の音声までは聞き取れなかったけれど、あの黒髪の男が指輪を通して誰かと会話しているのは間違いない。


「なに、魔物?……恐らく?自信がないなんて、お前にしては珍しいな。……そうか。分かった手分けしてすぐに向かう」


 そして黒髪の男は、()()()()()()()()()()()()


「!」

「気づかれた……!?」


 マルティナさまが小さく警告を告げる。

 だが、男のその橙の瞳は、()()()()()()()()()だけで、視線が合ったと言う感じまではない。

 しばらくして視線を切ると、男は一緒にいた二人の男に何かを伝える。

 小声だと、流石に私たちも会話内容を補足できない。


「……そろそろ日が暮れる。お前たちは、もう帰んな」


 茶髪の男が、子どもたちに行った。


「はぁい」

「うん、分かった」

「またね」


 子どもたちは素直に応じ、集落の奥へと向かう。


 黒髪の男はそれを見届けると、踵を返した。

 向かう先は森――ただし、私たちがいるところとは全くの別方向だ。


「別に気づかれたわけじゃないみたいだね」


 ラーナがそっと胸を撫でおろした。


「まあ、闇の精霊のお陰で、気配も完全に消しているからね。よほど高度な魔法でも使わない限り、見つかることはまずないわ。直接見られたら別だけど」


 私は頷いた。


 ――けれど。


「ラーナ、サーシャ。まだ油断はできないわ」


 マルティナさまは押し殺した声で言った。


「……ふたり、こっちに来る」


「「!」」


 その通りだった。


 黒髪の男が去った後、残された二人の男。

 それが、キョロキョロとあたりを伺いながら、ほぼ真っすぐこちらに向かってくる。


 明らかに、何かを――おそらく私たちを探している。


 闇の精霊の魔法を過信して、近づきすぎたのかもしれない。

 距離にして五十メートル。


 精霊のお陰で向こうからはまだこちらは視認できていない筈だけど、今から全く気付かれずに移動するのはかなり難しいだろう。


「ど、どうしよう……!」


 ラーナが焦った声を上げた。


「姫さま、マルティナさま、どうしますか?」


 その時、私たちは初めて気づいた。


「あれ?というか、姫さまは……?」


 いつの間にか、姫さまがいなくなっていることを。


「に、人間に攫われた……!?」


 ラーナが震える声で言う。


「落ち着いて。そんなわけないでしょう。……いつもの姉さまよ」


 マルティナさまがラーナの肩にそっと手を当てる。


「とりあえず、今は姉さまのことは置いておきましょう」


 男たちとの距離、およそ二十メートル。


「森の中は思った以上に視界が悪いな……まだ日も出ているってのに」

「なあ、なんか、あの辺りやけに暗くないか」


 男たちはそんなことを言いながら刻一刻と私たちに近づいてくる。


「ではマルティナさま……どうしますか?逃げるか、とりあえず気を失ってもらうか……?」


 私がマルティナさまに尋ねると、


「す、姿を見られたら、殺すしかないよ……!」


 焦ったラーナが物騒なことを言う。


「大丈夫よ。私の変身魔法が掛かっているうちは」


 私はできるだけ落ち着いた声で彼女を窘めた。


 男たちとの距離、十メートル。


「逃げるのも気を失わせるのも難しくはないだろうけど……ダメよ。それじゃあどっちにしろ人間達に不信感を持たせることになるわ」


 マルティナさまは首を振った。


「い、今さら人間なんかにどう思われようが……」


「大丈夫よ、ラーナ。別に怯えることはないわ」


 なおも不安そうなラーナの頭を優しく撫でてから、マルティナさまは言った。


「ああ、なるほど」


 マルティナさまの意図が分かった私は、ポンと手を叩いた。

 私に向かってひとつ頷いてから、マルティナさまはラーナに優しく微笑む。



「――だって私たちは今、どこからどう見ても、ただの人間だもの」


 そしてマルティナさまは闇魔法を解いて、茂みからおもむろに立ち上がった。


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