第9話 残された可能性
~ジェラルド(人間の戦士)~
「――伝説の秘宝『黄金の魔剣』……遥か昔、蒼き魔人に奪われたという”王者の象徴”、か」
俺はかすれた声で言った。
「ええ。そうです、ジェラルド」
『学者』が神妙な面持ちで頷く。
「その“魔剣”と言うのがが果たしてどれほどのものかは分かりませんが……それを手に入れれば、あるいは……この絶望的な戦況を覆せるかもしれません」
俺は思わずゴクリと喉を鳴らした。
「……要は、その“魔剣”さえあれば、“やつら”の力を借りられるってことだな」
強い嫌悪と淡い期待が同時に身を焼く。肌がピリピリするのが分かる。
「おい……あんな得体の知れないカルト教団まがいの力に縋るってのか……?」
ザックは不信感をあらわに眉を顰めた。
「俺だって奴らに頼るなんざ、考えただけで反吐が出るさ……だが、もう他に手はないのも事実だ。分かるだろ?“やつら”以外に『大地の民』に対抗できる戦力なんて、ありはしないんだからな」
俺はザックに向かってそう言った。
「……少なくとも、今の私たちに残された可能性は……それしかないかもしれません」
『学者』も俺の言葉に肯定の意を表した。
「さもなくば、俺達はただ滅亡の日を待つだけだ。違うか?」
言いながら、俺もこみ上げてくる吐き気と戦っている。
あんな気味の悪いやつらに貸しを作るなんて、本当はまっぴらごめんだ。
だが、もはや風前の灯火となった俺達に力を貸そうなんて酔狂なやつは、大陸中を探しても他にはいないだろう。
「まあ確かに、背に腹は代えられねえか……」
ザックも一応は納得したようだった。
苦々し気に溜め息をついてから、ザックはふと、『学者』に顔を向ける。
「……けどよ、ただ霧があったってだけだぜ?こんなところに国があるって言うのか?とてもそんな風には見えねぇが」
そう、それはその通りだ。俺も同じ疑問を抱いていた。
「ああ。まるで人がいる気配がしない。そもそもお前の魔法にも引っ掛からないんだろう?」
だから俺もザックの問いに重ねて『学者』に尋ねた。
そこが一番肝心なところだからだ。
「ええ……私の探知魔法では森の中はもちろん、森の向こうの峡谷まで、人はおろか、魔物一匹見つかりません……何度やってもです」
しかし、『学者』は俺達の疑念をあっさりと肯定しやがった。
「……なら、“国”なんてあるわけねえじゃねえか」
途端に力が抜けた。
期待をしてしまっただけに、怒りがこみ上げる。
この二週間、俺達も調査隊を結成して可能な限り霧の中を見て回ったが、今のところ何故か魔物が全くいないってこと以外、別段何もおかしな点は見つかっていない。
ただ草原があって、広い森があって、その先にまた草原と深い渓谷があるってだけだ。
加えて、『学者』は“探知魔法”のエキスパート。
今まで一度たりとも敵軍の接近を察知できなかったことはない。
『大地の民』から最も危険視されながらこれまでこの部隊が全滅を免れたのも、ひとえに『学者』の魔法の賜物だ。
コイツの魔法でも見つけられないなら、そもそも何かがあるとは思えない。
思えないが――
「……それがおかしいのです」
しかし、『学者』は静かに首を振る。
「どういうことだ?」
俺は怪訝な顔をして訊ねた。
「霧の中も、あの森の中も、瘴気の濃度は外と変わりません。……にも関わらず、魔物一匹見つからないのです」
「……」
その言葉で、俺には『学者』の言いたいことが分かった。
「はぁ?だから何だよ?単に魔物がいねえってだけだろ」
だが、ザックは眉間に皺を寄せて首を傾げるだけだ。
「強い瘴気があるのに魔物が一切いない――これは極めて不自然なことです。何か理由があるはず――そう、例えば、魔物が発生するたびに誰かが駆除しているとか」
「ホントかよ……!」
「分かりません。今はまだ、小さな可能性の段階です。原因は別にあるかもしれませんし……」
ザックと俺の過剰な期待を感じ取って、『学者』は自信なさげに念を押した。
「……いずれにせよ、もうすぐ新月だ」
それまで黙って俺達の会話を聞いていたレオンが、静かに口を開いた。
「やつらはまたコンタクトをしてくる。その時に聞けば何か分かるかもしれん」
その瞳には何か覚悟を決めたような、強い意志の光が宿っていた。
おもむろに立ち上がり、そしてその瞳を窓の外に向ける。
レオンの視線の先、東の空には、逆三日月が煌々と輝いていた。
「おれは諦めない……最後まで、諦めてなどやらない」
三千人の中で唯一黒い髪をした俺達の指導者は、有明の月を睨みつけて言った。
「僅かでも希望があるなら……『星の民』を滅びゆく運命から救えるなら……おれはなんだってやってやる」




