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第8話 揺るがない王女

 ~ラーナ~


 見れば、公園の真ん中付近で、小さな女の子が金切り声で泣いていた。


 その横で、身体の大きな男の子と、痩せた男の子が激しく口論をしている。

 今にも取っ組み合いのケンカが始まりそうな勢いだ。


「もう、今度はなに」

「やれやれ」


 『ニヴルヘイム』では、大人同士の間で喧嘩などは滅多に起こることはない。

 大人ならみんな、その無益さを良く分かっているからだ。


 けれど、子ども同士では時々ある。


 所詮は子どものケンカだからと、甘く見てはいけない。

 まだ力を十分に制御できない子どもが感情を爆発させると、時に大怪我に繋がることもあるからだ。


 特に〈戦士〉の素養のある子どもが力を暴走させて、『獣化』でもしてしまったらもう目も当てられない。間違いなく大惨事だ。


 あたしとサーシャは溜め息をついて、ベンチから立ち上がる。

 が、


「——大丈夫よ。姉さまが行ったわ」


 でも歩き出そうとしたあたしたちを、マルティナさまが引き留めた。


 確かに、少し離れたところで泥遊び(じゃないのかもしれないけど、少なくともあたしにはそう見えた)をしていた姫さまが、件の子どもたちのところへ走っていくのが見えた。


「こーら。ケンカはやめなさい」


 子どもたちの前に着くと、姫さまは両手を腰に当てて怒った顔を作って見せた。

 そんな仕草一つとっても様になっているから、さすがは姫さまだ。


 どうやら、今のところ誰も怪我はしていなさそうだった。

 二人の男の子がすごい剣幕で言い争いを始めたので、傍にいた女の子が慄いて泣いてしまったらしい。


「何があったの」


「こいつがわざとぶつかってきたんだ!……父ちゃんが〈戦士〉だからって、でかいカラダで威張りやがって」


「嘘を吐くな、お前のほうからぶつかてきたんだろ!これだから研究者の家系のやつは。ちょっと頭が良いからって、どいつもこいつもそうやってすぐ嘘を吐くんだ!」


 姫さまの前でも、ふたりの男の子の興奮は冷めやらない。


「なんか子どもにありがちなケンカですね」


 その様子をベンチから眺めながらあたしが言うと、


「……何も子どもだけとは限らないかもしれないわよ。実際に喧嘩に発展するかはともかくね」


 マルティナさまが真剣な表情でそう答えた。


 あたしにしてみればしょうもないケンカの理由だったけど、当の男の子たちにとってはそうではないらしい。

 姫さまがいても、お構いなしにどんどんヒートアップしていく。


「誰が嘘つきだ!お前こそ暴力しか取柄のないマヌケの倅のクセに」


「なんだと……!父ちゃんを馬鹿にしたな……」


「そっちが先だろっ!ウチの家系を嘘つき呼ばわりしやがって」


 ついに大柄な男の子の目がうっすらと赤く光り始め、痩せた男の子の両手に魔力が収束し始める。


「あらら、止まらないわね。……さて、姫さまはどうするのかしら」


 慌てる様子もなく、サーシャが興味深そうに言う。


 あたしたちが遠巻きに見守る中、姫さまは泣いている女の子の頭を優しく撫でてから、そっと自分の後ろに下がらせる。

 それから、一触即発の二人の男の子たちの前におもむろに進み出て——


 ——ゴン。


「あ。」


 あたしの口から思わず声が漏れた。


 大柄な男の子の瞳から赤い輝きが掻き消え、痩せた男の子の掌に収束していた魔力が霧散する。


「……殴った」


 と、サーシャ。


「……殴ったわね。しかもグーで」


 と、マルティナさま。


 そう。姫さまは何の躊躇もなく、二人の男の子の頭に平等に一発ずつ拳骨を落としていた。

 そしてピシャリと言い放つ。


「なに勝手に決めつけてるの!」


「えっ、あっ?」

「ひ、姫さま……?」


 よほどびっくりしたのだろう。

 男の子たちは頭を擦りながら、涙目をぱちくりさせて姫さまを見つめた。

 姫さまの凛とした剣幕に毒気を抜かれてしまったのか、それとも単純に拳骨が結構痛かったのか。

 どっちかは分からないけど、とにかく、あっという間に大人しくなっている。


「聞くけど、あなたはわざとぶつかったの?」


 姫さまはまず、大柄な男の子をキッと睨んで問うた。


「ち、ちがう!おれはミカヅキアゲハを見つけて追いかけてたんだ……そしたらきゅ、急にコイツが目の間に出てきたんだ。……でもおれも上ばっかり見てたから、あんまりちゃんと足下を見てなかったけど……」


「それじゃあ、あなたは?彼がわざとぶつかってきたって嘘をついたの?」


「ちがうよ!嘘なんかついてない!ボクはただ……蟻んこを踏みそうになってちょっと避けただけなんだ。そしたら急に背中からコイツがぶつかって吹っ飛ばされたから……て、てっきりわざとやったのかと……」


 世にも美しい“年上のお姉さん”の怒った顔と言うのは、どうやら幼い男の子たちには効果てきめんらしい。

 男の子たちは顔を真っ赤にしながら必至で弁解しつつ、後半はだんだんと尻すぼみになっていく。


「じゃあふたりとも、別のことに気を取られて余所見してたからぶつかっただけじゃない」


「そ、それは……」

「……そうだけど」


「それって、お父さんが〈戦士〉だとか、研究者の家系だとか、関係あるのかしら?」


「な、ないよ」

「ないです……」


「でしょう?」


 姫さまはまた腰に手を当てて、もう一度ふたりを睨みつけた。


「体が大きいとか、頭が良いとか。自分と違うものを持っている人を、間違ってるとか、悪い人だとか、勝手に思い込むのはとてもいけないことよ。違う?」


「「……違くないです」」


「じゃあ、あなたたちがしなくちゃいけないことは?」


 男の子たちはお互いの顔を見て、そしてボソボソと話し始める。


「……わざとじゃなかったんだ。でも、ミカヅキアゲハに夢中になって、前をちゃんと見てなかった。オレ、それでなくても身体デカいから、もっと周りに気を付けなきゃいけなかったのに……」


「いやぼくのほうこそ、ごめん……わざとだって決めつけて」


「それから、酷いこと言ってゴメン。研究者が嘘つきだなんて、ほんとは思ってないよ」


「ぼくも……本当は身体が大きいキミがちょっとうらやましかっただけなんだ」


「それでよろしい」


 お互いの謝罪が一通り終わるのを待ってから、姫さまはようやく怒りモードの仮面を脱ぎ捨てて、満足そうに微笑んだ。

 その笑顔たるや、女のあたしでもドキッとするほどの可愛さ。


「……いい?ちゃんと話もしないで、勝手に決めつけちゃダメ。今みたいにただの誤解かもしれないし、もしかしたらあなたたちが知らないだけで、何か事情があるかもしれないでしょ?」


 そして姫さまは、二人の頭にそっと手を置いた。


「知りもしないのに、相手を悪者にしないで。それはとっても失礼で、とっても哀しいことよ」


 それからその細く繊細な指で、優しく撫でながら言った。


「……まずは話をしましょう。そして、お互いのことをちゃんと知ろうとしましょう。何が正しいのか、何が間違っているのかなんて、その後で考えればいいの」


 あたしの横で、マルティナさまが小さくため息をついたのが分かった。


「姉さまは、揺るがないわね。……本当、いつだって一点の曇りもない」


 あたしとサーシャがマルティナさまの顔を窺うと、彼女は何かを決意したように私たちを見て微笑んだ。


「そうよね。……やっぱり、ちゃんと確かめないと、分からないわよね」


 ……ん?それって、どういう意味?


「マルティナさま、それはどういう……」


「……サーシャ、それからラーナ、あなたも。ちょっと私に付き合ってくれるかしら。私もたまには姉さまを見習って、こっそりお転婆をしたい気分なの」


 あたしが言い終わる前に、マルティナさまは立ち上がってそう言った。


「それは良いですね、マルティナさま!ぜひお供させてください」


 サーシャもノリノリで立ち上がった。

 いつも冷静な彼女が、心なしか興奮しているようだった。



 あたしは薄っすらと、胸騒ぎがするのを感じていた。


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