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第7話 揺れる王女

 ~ラーナ~


 霧の谷『ニヴルヘイム』は、今日もいい天気だ。


 霧の壁の外にはいくつもの“国”があって、しかも一つ一つの”国”の中にはたくさんの“街”があるらしい。

 そして王様が住んでいるお城がある”街”を、”王都”と呼ぶのだそうだ。


 でも『ニヴルヘイム』には“街”は一つだけ。


 だから『ニヴルヘイム』とはこの“街”のことであり、同時に”王都”のことでもあり、この”国”の名前でもある。


 今、あたしたちは街のど真ん中、『ニヴルヘイム』で一番大きな公園にいた。


 お休みの日でもないのに、なんでお城の中ではなくこんな街の中にいるかと言えば、それはもちろん、今日も今日とて、姫さまが当たり前のようにお城を抜け出しているからだ。



 広い公園の中では子どもたちが駆け回っていた。

 どうやら人間の街に比べると、この国では老人も少ないけど、子どもも少ないんだそうだ。

 まあ、()()()()()()()()()()のだから、当たり前だけど。


 子どもたちは相変わらずキャーキャーと(ギャアギャアかな?)騒いでいる。


 子どもってすごい。

 何がすごいって、体力が無尽蔵だ。

 あのまま大人になったら、もしかしたらみんな〈戦士〉になれるんじゃなかろうか。


 姫さまと一緒に参戦していたあたしはあっという間に疲れ果てて、今はちょっと離れたところにいるサーシャの隣へ退避中。

 公園のベンチに腰を下ろして、未だに元気に子どもたちと戯れる姫さまを見るとはなしに眺めていた。


 と、お城のほうから、ひとりの女の人が公園に入ってくるのが見えた。


 うっとりするほどの美人だが、その魅力的な身体を覆い隠すように纏っているのは、飾り気のない超硬金属製(アダマンタイト)全身板金鎧(フルプレートメイル)


 マルティナさまだ。

 第二王女でありながら、〈戦士〉の道を選んだ女傑。


 姫さまとは性格も真逆だけど、姫さまに良く似た美貌の持ち主。

 あの武骨な鎧ですら、彼女が纏えばまるで神話に出てくる“戦乙女”のよう。


 けれど、そんなマルティナさまも最近はいつも思いつめた表情だ。

 今日もそうだった。


 ちなみに“最近”というのは、具体的に言うならここ二週間くらい。

 ちょうど国王陛下が、『寂寥の森』の向こう側に住み着いた人間達への対処の“保留”を宣言した頃からだ。


 あたしとしては、殺す必要まではないにしても、さっさと追い払っちゃえばいいのに、と正直思う。


 いくら力の弱い種族と言っても、あたしたちのすぐそばにいるのは、なんだか怖いし落ち着かない。

 人間達の戦争に負けて逃げて来たって聞いたけど、それって人間同士の話なんだから自業自得だ。

 そもそも最初から、戦争なんてしなければいいだけなんだから。


 それに何もここじゃなくたって、霧の外にも逃げるところなんていくらでもあるだろう。


 ……まあ、あたしは霧の外の世界をよく知らないけど。


「マルティナさま」


 ベンチに腰掛けるあたしたちの前の道を、気づかずに素通りしかけた彼女に、隣のサーシャが声を掛けた。


「あら、サーシャにラーナじゃない」


 声を掛けられてやっと気づいたマルティナさまは、あたしたちに向かって優しく笑った。


「あなたたちがいるって言うことは……」


「はい、お察しの通り。姫さまは、あちらです」


 サーシャが公園の中央、芝生の上で子どもたちと駆けまわる彼女を指し示した。

 姫さまのドレスは泥だらけだ。


「……相変わらず元気ね、姉さまは」


 マルティナさまはそれを見て苦笑した。


「姫さま、まるで子どもみたいですよねぇ」


 あたしが言うと、


「さっきまでのあなたもね」


 サーシャが笑ってこっちを見た。


「ちっ、ちが!違うから!あたしは、敢えて合わせてあげてたの!敢・え・て!」


 半ばムキになって言い返すものの、確かによく見ればあたしのメイド服も泥だらけだ。


「ま、まあ、メイド服って、ある意味作業着だし?ドレスじゃないだけ、マシだよね?」


「はいはい。……それよりマルティナさま?」


 そんなあたしを適当にあしらって、サーシャはマルティナさまに尋ねた。


「どうかしたんですか?思いつめた顔をされて」


「え?ああ……“思いつめている”ってわけではないのだけどね。ちょっと、いろいろ考えちゃって……」


「私たちで良ければ聞きますよ?」


 そう言って、サーシャはあたしに身体を寄せて、マルティナさまのためにベンチに空きスペースを作る。


「そう?じゃあ、ちょっと聞いてもらおうかしら」


 マルティナさまは微笑んでから、あたしたちと並んでベンチに腰掛け、そして話し始めた。



     Ψ


 マルティナさまの“お悩み”の原因は、やっぱりあたしの予想通りだった。

 霧の壁の中に侵入した人間たちの取り扱いを、メイザ―陛下が“保留”としたその日。

 その決定にあたっては『円卓会議』でいろいろな議論があったらしい。


 レノラさまやキロンは人間達を追い出すべきだと主張したけれど、姫さまが割って入ってそれに異を唱え、最終的に“保留”になったのだとか。


「その時は、レノラやキロンの意見に私は賛成したわ。私も“人間”というのは非力だけど、欲深く争い好きな種族だと思っていたから。でも果たしてそれが正しいのかとも思う。私は直接見たこともなければ、会ったこともないからね。姉さまの気持ちも、まったく分からなくはないの」


 あたしの予想と少し違ったのは、思ったよりマルティナさまも迷っていると言うことだった。

 あたしはてっきり、“人間達を追い出すためにどうやって陛下や姫さまを説得するか”で悩んでいるのかと思っていたんだけど……。


「レノラさまやキロン将軍が正しいと思いますけど。だって、戦争ばかりして、勝手にお互い殺し合っている種族ですよ?いくら力が弱いと言っても、霧の壁の内側にずっと人間がいるなんて……正直あたし、ちょっと怖いです」


 あたしは思ったことを素直に伝えた。

 ご自身のスタンスに、自信を持ってほしいと思ったからだ。

 だって、マルティナさまは正しい。


「そう。あなたはそういう考え方なのね」


 でも、マルティナさまはあたしの意見を肯定するでも、否定するでもなく、ただ受け取っただけだった。


「……本当に、追い払うことだけが正解なのかしら」


 サーシャまでもが、そんなことを言い出した。


「私は、“人間”という生き物にちょっとだけ興味があるわ」


「何を知ってるわけでもないくせに……」


 あたしが思わずむっとしてそう言うと、


「ええ、そうね。知らないわ。だって会ったことないし」


 サーシャは肩を竦めてから、「でも」と付け加えた。


「人間が書いた書物は面白いわ。少なくとも“娯楽”を生み出す才能は、私たちより優れてるかもしれないわよ。……特に人間が書く恋物語には、とても心が躍るもの」


「あなたねえ。そんな理由で……」


 そう言うの、“公私混同”って言うんだ。……ん?いや、ちょっと意味違うかも?


 まあ、そんなことはどうでもいい。

 とにかく何か言ってやろう、とあたしがさらに口を開いた時だった。



「うわぁぁぁぁあああああんっ!!」


 公園中に響くような大音量の子どもの泣き声が、あたしたちの会話を中断させた。


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