256.
セラ小隊長の締めの言葉で、長い会議が終わった。
私たちは一斉に立ち上がり、退出する隊長クラスを敬礼で見送る。
身分の高い者から順に、重厚な扉の向こうへ消えていく。
その際、近衛隊の面々がこちらをちらちらと見てくるのだが……
やはり女子が珍しいのだろうか。
いや、これだけ美形揃いの近衛なら、見慣れているはず。
隣のナリアッテを盗み見る。
なるほど、納得だ。
彼女の愛らしさなら、歴戦の猛者たちが見惚れるのも当然である。
どうだ、うちのナリアッテは可愛かろう?
だが、やらん。
そんな気分になりかけた瞬間――
ガタンッ!
前の椅子を、シンヴァーク様が蹴った。
……なぜ、そんなに怒っている?
鋭い音に、退出しかけていた者たちがびくりと肩を揺らす。
けれど、近衛隊は蜘蛛の子を散らすどころか、じっとこちらを見ている。
ナリアッテを先に退出させようと促した瞬間――
シンヴァーク様は黙って立ち上がり、私にだけ聞こえる低い声で。
「……そういうとこだぞ」
見上げると、眉間に深い皺を刻んだシンヴァーク様が。
険しい表情。
けれど、その瞳の奥に、さっき壇上で感じたあの熱がまだ燻っている。
耳に思わず手をやる。
……近い。
彼の纏う冷徹な気と、それとは裏腹な、焦げるような体温。
微かに香る、彼特有の――
以前、口づけられた時に香ったあの匂いが、私の思考を麻痺させていく。
「え?」
渾身の意思でもって聞き返すと、彼は小さく息をつき、視線を逸らした。
「さっ、ルイ様。参りましょう」
ナリアッテに背中を押される。
廊下に出ると、石壁に反響する足音がやけに大きく感じた。
そして、私の隣に――
いや、肩が触れそうな距離にシンヴァーク様が立った。
近衛の視線を遮るように。
部屋に戻り、任務の荷造りを始めようとする。
が、ナリアッテに「邪魔ですわ」と追い出された。
程なく、ウェルフさんがにこやかな顔で現れる。
「同期会のところまで行きましょう。任務で一週間離れますから」
シンヴァーク様もついてくるらしい。
ウェルフさんは苦笑い。
「なんだ、文句か?」
「滅相もございません」
「貴殿には丁度よかったのでは?」
ウェルフさんは笑顔でかわす。
男たちの応酬を横目に、ナリアッテへ伝える。
「ナリアッテ。今から同期会の食堂へ行くんだけど、一緒にどうかな?」
「かしこまりましたわ」
歩き出すシンヴァーク様の雰囲気が、ひどく重い。
さっきの会議での視線、壇上での熱。
それがまだ、私の肌に残っている。
「ルイ」
不意に呼び止められ、顔を上げる。
シンヴァーク様が、すぐ横に立っていた。
吐息のかかる距離で。
「任務中、無理はするな」
掠れた声。
その瞳は、さっきの疲れ顔ではなく、真っ直ぐ私を捉えている。
「命を張るのは騎士の務めですから」
軽く笑うと、彼の眉が僅かに動いた。
「……その顔で、そういうことを言うな」
指先が、私の頬に触れそうで――
触れない。
その距離に、胸の奥がざわつく。
そう思った瞬間、胸の奥に鋭い痛みが走り刹那
――揺れる。
揺れた自分を即座に切り捨てた。
私の器の問題じゃない。
応えないと、決めている。
「気を抜くなよ」
シンヴァーク様の手が、そっと私の肩に落ちる。
一瞬、重い温もり。
すぐに離れた。
けれど、その感触が消えない。
指先が、勝手に疼く。
「ルイ様」
ナリアッテの声にハッとする。
彼女の視線は、いつものように――
私の動揺を見透かしていた。
「行きましょう。同期会が……お待ちかねですわ」
シンヴァーク様は小さく舌打ちし、それでも共に歩く。
その姿に、抑えきれない苛立ちが滲んでいる。
その起因がたとえ私なんだとしても――
思考を、断ち切る。
ヴォイド……!
……会いたい。




