第4話 政治将校の影
最初の戦闘(虐殺に近い混乱)の後、部隊の空気は一変した。
恐怖と疑心暗鬼。
夜、テントの中で政治将校が巡回に来た。
彼は清潔な軍服を着て、暖かそうな毛皮の帽子を被っていた。
「同志諸君」
彼の目は笑っていなかった。
「今日の無様な態度はなんだ? 敵はわずかな山賊の集まりに過ぎない。にも関わらず、恐怖に駆られて乱射し、弾薬を浪費した者がいるそうだな」
兵士たちは縮こまり、視線を逸らした。
「言っておくが、敵前逃亡は即刻銃殺だ。祖国への裏切りは許さん」
彼は拳銃のホルスターをポンと叩いた。
「明日はもっと速く進め。ヘルシンキは待ってくれないぞ」
政治将校が出て行くと、重苦しい沈黙が降りた。
「……クソ野郎が」
誰かが小さく呟いた。
ニコライは毛布を頭まで被った。
寒さで足の感覚がない。
昼間は森からの銃撃に怯え、夜は後ろからの処刑に怯える。
(ここは戦場じゃない。処刑場だ)
ふと、昼間の戦闘で聞いた噂を思い出した。
隣の小隊が全滅したらしい。
たった一人の狙撃手にやられた、という話だ。
「白い死神だってよ」
そんな馬鹿な、とその時は思った。
だが、この暗い森の気配を感じていると、あながち嘘とも思えなかった。
森が生きている。
何千もの目が、こちらを見ている気がする。
ニコライは知らなかった。
彼らが向かっているコッラ川の先には、まさにその伝説が、口に雪を含んで待ち構えていることを。
地獄の一丁目が、ゆっくりと口を開けていた。
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