表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】告白したら振られたのに、クールな先輩が俺の資産管理を始めた  作者: 木風


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/20

第5話 副業収入がバレた

 その水曜日、俺は自分の人生で初めて「源泉徴収票」という言葉を真剣に見つめていた。

 いや、会社員なので毎年見てはいる。

 年末になると人事から配られたり、社内システムからダウンロードできたりする、あの紙だ。

 ただ、正直に言うと、これまでは中身をちゃんと見たことがなかった。


 年収が書いてある。

 なんか税金が引かれている。

 以上。


 俺にとって源泉徴収票とは、そのくらいの存在だった。

 だが、今は違う。

 昼休みの社員食堂。

 俺の向かいには、氷室怜奈さんが座っている。


 今日も姿勢がいい。

 白いブラウスにネイビーのジャケット。

 髪は低めのシニヨンにまとめられ、べっ甲柄のヘアクリップで留められている。細いフレームの眼鏡のせいで、いつもより少しだけ仕事モードが強い。

 細い指がタブレットの画面を滑るたびに、俺の心臓も一緒に滑り落ちそうになる。


 この人に告白して、振られて、家計簿アプリを入れられて、サブスクを切られた。

 そこまでは、まだいい。

 いや、よくはない。

 だが今日は、さらに一段階、踏み込まれようとしている。


「高瀬くん」

「はい」

「副業収入の一覧を出して」

「……はい」


 俺は観念して、ノートPCを開いた。


 副業収入。

 その言葉に、妙な罪悪感がある。

 別に悪いことをしているわけじゃない。

 会社の就業規則でも、副業は申請すれば可能だし、俺はちゃんと申請している。


 小説の表紙デザイン。

 個人依頼のイラスト。

 たまに入るWeb小説のリワード。

 同人イベントの手伝いで作ったロゴデザイン。

 素材配布サイトのちょっとした売上。


 全部、ひとつひとつは大きくない。

 だから俺の中では、ずっと「お小遣い」だった。

 それを氷室さんに言ったら、彼女は一秒で言った。


「お小遣いではなく、収入よ」


 逃げ場がなかった。


「えっと、これが今年の分です」


 俺はスプレッドシートを見せた。

 氷室さんの目が、数字を追う。


 静かだ。

 だが、その沈黙が怖い。

 国税庁より怖い。

 いや、国税庁に睨まれたことはないが、今の俺には氷室さんの無言の方が圧倒的に怖い。


「高瀬くん」

「はい」

「これ、思っていたよりあるわね」

「いや、でも、月で見たらそんなには」

「年間で見るの」

「年間で見ると急に現実になりますね」

「現実だから」


 氷室さんは、淡々と表の合計欄を指した。

 俺は視線を逸らした。


「これ、申告が必要な可能性があるわ」

「ですよね……」

「知っていたの?」

「薄々は」

「薄々で放置していたの?」

「濃く考えると怖かったので」

「怖いから見ない、は一番よくない」

「はい」


 完全に怒られている。

 でも、不思議と嫌ではなかった。

 氷室さんは俺を馬鹿にしているわけではない。

 責めたいだけでもない。

 ただ、現実を見ろ、と言っている。


 この人はいつもそうだ。

 俺が曖昧にしてきたものを、数字にして机の上に置いてくる。


「まず確認するわ。これはすべて振込?」

「ほとんどは振込です。たまに決済サービス経由もあります」

「明細は残っている?」

「たぶん」

「たぶん?」

「探せば」

「探して」

「今ですか」

「今できるものは今」

「はい……」


 俺はクラウドストレージを開いた。

 フォルダ名は、「副業っぽいやつ」。

 氷室さんの眉が、わずかに動いた。


「そのフォルダ名は何?」

「分類に迷って」

「迷った結果、人格が出ているわね」

「人格まで見ないでください」


 フォルダの中には、請求書、納品データ、依頼メール、振込明細のスクショが雑に突っ込まれている。

 俺としては、保存しているだけ偉いと思っていた。

 しかし氷室さんは、容赦なく言った。


「整理しましょう」

「今から?」

「今から」

「俺の昼休みが、税務研修になってる」

「必要な研修よ」

「会社でやってくれませんか」

「会社は、あなたの副業の確定申告までは面倒を見ないわ」


 正論すぎる。

 俺はカレーを食べる手を止め、ファイル名を直し始めた。


 日付。

 依頼主。

 内容。

 金額。


 氷室さんが横からルールを決めていく。


「請求書は年別、月別。入金と紐づける」

「はい」

「経費に関係しそうな領収書も別フォルダ」

「はい」

「何を買ったのか、あとから見てわかるように」

「はい」

「高瀬くん」

「はい」

「返事だけよくてもだめよ」

「今、心まで見透かしました?」

「顔に出ている」


 俺は思わず口を押さえた。

 氷室さんは、俺の情緒にも監査を入れてくる。


「経費って、どこまで経費になります?」


 俺は恐る恐る聞いた。

 ここは大事だ。

 なぜなら、俺の部屋には「経費になりそうなもの」がたくさんある。


「業務に必要で、説明できるもの」

「説明」

「そう。なぜそれが副業に必要だったか、第三者に聞かれて説明できるか」

「第三者」

「たとえば私に」

「急にハードルが上がった」


 俺は頭の中で、部屋にあるものを並べた。


 タブレット。

 ペンタブ。

 デザインソフト。

 フォントサービス。

 資料用の書籍。

 コーヒーメーカー。


「コーヒーメーカーは?」

「なぜ?」

「創作中にコーヒーを飲むので」

「それは生活費寄りね」

「でも、創作に必要な集中力を」

「却下」

「早い」

「少なくとも、全額を副業の経費と言うのは無理があると思う」

「一部なら?」

「割合を説明できるなら検討の余地はあるかもしれないけれど、無理に入れない方がいいわ」

「厳しい」

「税金は願望では減らないの」

「名言が重い」


 俺はメモに書いた。

 税金は願望では減らない。

 氷室さんがそれを見て、少しだけため息をついた。


「推しのアクリルスタンドは?」

「論外」

「資料として」

「何の?」

「キャラクターグッズのデザイン研究」

「それを本気で説明する覚悟がある?」

「ありません」

「なら、経費にしない」


 俺は静かに頷いた。

 推しは経費にならない。

 人生の厳しさを知った。


「でも、このデザイン資料集は?」

「副業の表紙デザインに使っているなら、資料として説明できる可能性はあるわね」

「この有料フォントは?」

「案件で使っているなら、残す」

「このタブレットは?」

「副業と私用の両方で使うなら、按分を考える必要があるわ」

「按分」

「事業で使う割合と、私用で使う割合を分けること」

「言葉が急に税務っぽい」

「税務の話をしているから」


 俺は頭を抱えた。


「俺、思ってたより何もわかってないですね」

「今わかったならいいわ」


 氷室さんの声は、少しだけやわらかかった。


「副業を続けたいなら、数字も活動の一部よ」

「活動の一部」

「作品を作る。納品する。報酬を受け取る。必要なものにお金を使う。記録する。申告する。全部つながっている」


 その言葉に、俺は少し黙った。

 副業は、楽しかった。

 会社の仕事とは違う手触りがある。

 自分の名前で受ける依頼。自分の絵やデザインに、直接お金を払ってもらえる感覚。


 でも俺は、その楽しい部分だけを見ていた。


 お金が入ったら、ラッキー。

 そのお金で欲しかったものを買う。

 少し不安になったら、見なかったことにする。


 そうやって、曖昧にしていた。


「俺、副業って言うほどちゃんとしてないと思ってました」

「収入が発生しているなら、ちゃんと向き合った方がいいわ」

「はい」

「高瀬くんの作るものは、価値があるからお金になっているんでしょう」

ブックマーク、★★★★★、リアクション

よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。



こちらの作品もよろしくお願いします
▶ 婚約者の浮気現場に遭遇しましたが、一向に終わらないので証人を集めてきました
異世界恋愛/婚約者の浮気/修羅場コメディ/証人集め/婚約解消/冷静令嬢/ざまぁ/ハッピーエンド
本作品の文章・タイトル・設定等の無断転載、無断複製、生成AIへの入力および学習利用を禁じます。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ