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伯爵令嬢セシリアは今日も修羅場に遭遇する

婚約者の浮気現場に遭遇しましたが、一向に終わらないので証人を集めてきました

作者: 木風
掲載日:2026/08/05

お読みいただきありがとうございます!

連載版にして欲しい。という感想をたくさんいただきましたので、新作を追加して連載として公開させていただきました。

https://ncode.syosetu.com/n8829mo/

よろしくお願いします!

 婚約者の浮気現場に遭遇したとき、令嬢が取るべき行動はいくつかある。


 悲鳴を上げる。

 その場へ踏み込み、裏切った男の頬を打つ。

 涙をこらえながら屋敷へ戻り、父に婚約解消を願い出る。


 私……伯爵令嬢であるセシリア・アースキンは、そのどれも選べなかった。


 理由は単純だ。

 長かったのである。


「……まだ終わらないのかしら」


 庭園に面した離れの窓辺から、規則正しい軋みが聞こえてくる。

 薔薇の茂みに身を隠した私は、隣でしゃがんでいる侍女のリタに小声で尋ねた。


「始まったところを見ていないので、なんとも申し上げられませんが……少なくとも、私どもがこちらへ来てから四半刻ほど経っております」

「そうよね」


 離れの中にいるのは、私の婚約者であるレオナルド・ハースト侯爵令息。

 そして、私の親しい友人を自称していた子爵令嬢、ミランダ・ベイル。


 親しい友人を自称していた、と過去形にしたのには理由がある。


 二人は現在、衣服を身につけていない。

 正確には、窓から見えた範囲ではレオナルドのシャツが床に落ち、ミランダのドレスが椅子に引っかかっていた。


 見間違えようがない。

 それなのに私は、怒鳴り込む機会を完全に失っていた。

 最初は、扉を開ける瞬間を慎重に見極めていたのだ。


 あまり早く踏み込んで、「まだ何もしていない」と言い逃れられては困る。

 二人が決定的な行為に及んだところで扉を開き、婚約解消を突きつける。そう決めていた。


 ところが、決定的な行為に及んでからも、終わらない。

 いつまで経っても、終わらない。

 怒りより先に、疑問が湧いてきた。


「もしかして、幻術ではないかしら」

「幻術、でございますか」

「人間があんなに同じ動きを続けられるとは思えないもの」

「お嬢様、残念ながら間違いなく情事かと」

「同じ光景を延々と見せられている可能性は?」


 リタが離れの窓を見上げる。

 ちょうどその瞬間、ミランダの甲高い声が響いた。

 リタは無言で私を見た。


「音も含めた幻術かもしれないわ」

「先ほどとは、台詞が違いました」

「そうだった?」

「はい。先ほどはレオナルド様のお名前を呼んでおられました。今は『もう駄目』と」

「では、幻ではないのね」

「おそらく」


 私たちは再び黙った。


 風が薔薇の香りを運んでくる。よく晴れた午後だった。遠くでは楽団が穏やかな曲を奏で、屋敷の広間ではレオナルドの両親が主催する茶会が開かれている。

 本来なら私も、そちらにいるはずだった。


 レオナルドが席を外したため、少し話したいことがあって後を追っただけである。

 それがなぜ、薔薇の茂みで婚約者の情事を見守る羽目になったのか。


「お嬢様」

「何?」

「そろそろ踏み込まれてはいかがでしょう」

「そうね」


 私もそう思う。

 けれど、今さら入るのも妙だった。

 十分前なら、怒りに任せて踏み込めた。

 しかし、これほど長く外で待っていた以上、扉を開けた瞬間に何を言えばよいのか分からない。


『いつまでヤッているのですか』


 違う。


『いい加減になさい』


 母親の叱責のようだ。


『まだ終わらないのですか』


 これでは催促しているように聞こえる。


「踏み込むにしても、私とリタだけでは証言として弱いわ」

「窓からドレスとシャツが見えておりますが」

「二人で激しい運動をしていただけだと言われる可能性もあるわ」


 リタの口元がわずかに引きつった。


「衣服を脱いで、寝台の上で、ですか」

「世の中には変わった鍛錬法もあるかもしれないでしょう」

「存じませんでした」

「私もよ」


 婚約解消を申し出る以上、確実な証拠が必要だ。

 レオナルドはハースト侯爵家の嫡男であり、私の家よりも爵位が一つ上。私が感情的になって騒いだだけだと主張されれば、面倒なことになる。


 それならば、中立の証人を増やすべきだ。


「リタ。茶会へ戻りましょう」

「お止めにならないのですか」

「ええ。まずは人を呼ぶわ」

「その間に終わってしまうのでは?」


 私は離れの窓を見上げた。

 相変わらず、軋む音は続いている。


「……終わると思う?」


 リタも窓を見た。


「終わらない気がしてまいりました」

「私もよ」


 私たちは茂みから抜け出し、できる限り足音を立てずに庭園を後にした。


 茶会の会場へ戻ると、誰も私の不在には気づいていないようだった。令嬢たちは卓上の菓子について語り、紳士たちは狩猟の話で盛り上がっている。


 私はまず、父と親交のある老公爵を探した。

 ガルシア公爵は、王宮で長年法務官を務めた人物だ。爵位も高く、レオナルドの家とも特別な利害関係がない。


「公爵様。少々、お時間をいただけますか」

「構わんが、どうした。顔色が悪いぞ」

「婚約者が浮気をしている可能性がございます」


 公爵の眉が上がった。


「可能性?」

「窓から見た限りでは、ほぼ間違いございません。ただ、私一人の判断では心許ないため、確認をお願いしたく存じます」

「……分かった」

「できれば公爵夫人にもお願いいたします」

「なぜ妻まで?」

「女性の衣服が脱がされていた場合、どなたのものか確認していただけるかと」


 公爵はしばらく私を見つめたあと、静かに妻を呼んだ。

 次に、ハースト侯爵家と縁の薄い子爵夫妻。

 さらに、王宮騎士団に所属する青年を一人、非常に優秀だと噂される文官を一人。

 あとから証言を覆されないよう、身分も年齢も異なる人物を選んだ。


「何人ほど集めるおつもりですか」


 リタに尋ねられ、私は周囲を見渡した。


「五人いれば十分かしら」

「現在、私たち含めて十人おります」

「では、行きましょう」


 私を先頭に、公爵夫妻、子爵夫妻、騎士、文官、リタ、事情を聞いて勝手についてきた令嬢二人が庭園へ向かう。

 途中、公爵が低い声で尋ねた。


「相手は誰だ」

「ミランダ・ベイル子爵令嬢です」

「君の友人ではなかったか」

「先ほどまでは、そう認識しておりました」

「気丈だな」


 気丈なのではない。

 いまだに状況が現実として飲み込めていないだけだ。


 怒りも悲しみもある。

 ただ、それ以上に頭を占めている疑問がある。

 あの二人は、まだ続けているのだろうか。


 薔薇の茂みが見えてきた。

 私が人差し指を唇に当てると、一同は足音を忍ばせる。

 そして離れへ近づいた瞬間、公爵夫人が立ち止まった。

 窓の向こうから、まだ軋みが聞こえていた。


「……セシリア嬢」


 夫人が私の袖を引く。


「これは、いつからですの?」

「私どもが発見してからですと、半刻近くになります」


 リタが答えると、一同の顔に同じ困惑が浮かんだ。

 騎士が離れを見上げる。


「途中で休んだのでは?」

「確認しておりません」

「ずっと見ていたのではないのか」

「皆様を呼びに戻りましたので」

「では、休憩を挟んだ可能性はあるな」


 なんの検証をしているのだろう。

 私は婚約者の浮気を告発するために人を呼んだはずだ。

 それなのに、誰もが情事の継続時間を気にし始めている。


「とにかく、中を確認いたしましょう」


 私が離れへ歩み寄ると、騎士が先に扉へ手をかけた。


「鍵がかかっています」

「合鍵は?」

「ハースト家の管理でしょうな」


 ガルシア公爵が眉を寄せる。

 そのとき、窓の向こうからレオナルドの声が聞こえた。


「愛している。君こそ、僕の運命の人だ」


 胸の奥がひやりと冷えた。

 ようやく、怒りが実感を伴って込み上げてくる。


 私には一度も言わなかった言葉だった。

 結婚は家同士の約束であり、愛情などあとから育めばよい。そう言っていた男が、別の女性には惜しみなく愛を囁いている。


 私は拳を握り、扉を叩こうとした。

 けれど、その前に令嬢の一人が首を傾げた。


「その……まだ続いておりますの?」


 全員の視線が離れへ向く。

 確かに、軋みは止まっていない。

 私は一度、目を閉じた。

 怒りが、また疑問に押し流されていく。


「扉を壊しましょう」

「よろしいのですか」

「ええ。このままでは、日が暮れます」


 公爵が騎士に頷く。

 騎士は一歩下がると、扉の錠前へ肩をぶつけた。


 一度。

 二度。


 室内から、ミランダの悲鳴が響いている。


 三度目で、木製の扉が激しい音を立てて開く。


 寝台の上で絡み合っていた二人が、こちらを振り返る。

 レオナルドの顔から血の気が引いた。


「セ、セシリア……なぜ、ここに」


 私は扉の前に並ぶ九人を振り返り、それから婚約者へ向き直った。


「私一人では見間違いかもしれないと思い、皆様にも確認していただこうかと」

「見間違いなわけがないだろう!」

「ええ。お二人のご様子を見る限り、私もそう思います」


 レオナルドは寝具を引き寄せ、慌てて腰を隠した。

 その隣で、ミランダが涙を浮かべている。


「違うの、セシリア。これは……」

「どの部分が違うのか、あとで詳しく伺います」


 私は室内を見渡した。

 床には二人分の衣服。

 卓上には空になった葡萄酒の瓶。

 そして、寝台脇の椅子には、私が昨年レオナルドへ贈った上着が丁寧に畳まれている。


「では、とりあえず婚約は解消いたしましょう。婚姻前に発覚して、お互い傷が浅く済んで何よりですわ」

「セシリア!」

「それから、ミランダ様の婚約者にも、こちらで確認した事実をお伝えしておきますわね」

「ちょっ……待って、セシリア!」

「ご安心くださいませ。証人はこれだけおりますので、私の思い込みだとは扱われませんわ」


 証拠としては十分だろう。

 ようやく婚約解消の話へ移れる。

 そう思った瞬間、廊下の向こうから別の悲鳴が聞こえた。


「誰か来て!お嬢様が階段から突き落とされました!」


 一同が振り返る。

 私は眉間を押さえた。

 どうして今日に限って、修羅場が重なるのだろう。


 私はスカートを持ち上げ、廊下へ走り出した。


 この時の私はまだ知らなかった。

 今日という日が、私の長い修羅場見届け人生の始まりにすぎなかったことを。

次々に修羅場に遭遇する令嬢…次はどんな修羅場に遭遇するのか…

気になったら、ブックマーク、★★★★★、よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

もし、こんな修羅場を見てみたい!などありましたら、感想でもらえると嬉しいです!

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連載版もよろしくお願いします
▶ 【連載版】伯爵令嬢セシリアは今日も修羅場に遭遇する
異世界恋愛/婚約者の浮気/修羅場コメディ/証人集め/婚約解消/冷静令嬢/ざまぁ/ハッピーエンド
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― 新着の感想 ―
そんな人生は嫌だ(笑)
〉『まだ終わらないのですか』 〉これでは催促しているように聞こえる。 主人公のセルフツッコミ面白かったです
面白かったですが、果たして恋愛か?と首を傾げます。
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