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【完結】告白したら振られたのに、クールな先輩が俺の資産管理を始めた  作者: 木風


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16/20

第16話 今日は何も買わなかった

 俺は胸の奥が少しだけ軽くなるのを感じた。

 喜んでいい場面ではない。

 それでも、正直に言えば、安心した。


「すみません」

「何が?」

「今、ちょっと安心しました」

「正直ね」

「はい。俺、かなり焦ってたので」

「税理士さんの息子に?」

「はい」

「まだ本人に会ってもいないのに」

「脳内ではかなり強敵でした」

「どんな人になっていたの?」

「黒縁眼鏡で、確定申告ができて、NISAも満額で、ふるさと納税も上限ぴったり攻めてくる男です」


 氷室さんが、初めて少し吹き出した。

 その笑い方があまりにも自然で、俺は一瞬、見惚れてしまった。


「それは強敵ね」

「でしょう」

「でも、私は上限を攻めすぎる人は少し苦手かもしれない」

「そこ?」

「余裕を見てほしいわ」

「なるほど。俺、余裕を見ます」

「まずは計算を間違えないところからね」

「はい」


 笑いが少し落ち着いたあと、氷室さんは紅茶の缶を見つめた。


「前に、生活を軽く見る人が近くにいたって話をしたでしょう」

「はい」

「あれ、元恋人なの」


 俺は黙って頷いた。

 今度は余計なことを言わない。

 聞く。

 それだけにする。


「二十五の時に付き合っていた人。映像系のクリエイターで、夢があって、話していることは面白くて。最初は、すごく魅力的に見えた」

「はい」

「でも、数字を見なかった。仕事が入れば機材を買う。入らなければカードで買う。家賃や税金や保険料の話をすると、不機嫌になる」


 氷室さんの声は、淡々としていた。

 でも、その淡々さが、逆に痛かった。


「私は最初、支えたいと思っていたの。彼の作るものは本当に良かったから。ちゃんと整理すれば、続けられると思った」


 俺は、自分の胸の奥が少し冷えるのを感じた。

 似ている。

 俺と。


 仕事や創作には熱がある。

 でも、生活の数字から目を逸らす。

 入ったお金を、すぐに使う。

 不安を、買い物で埋める。


「でも、彼は私の言葉を、管理だと思った」


 氷室さんは、缶を握る手に少し力を込めた。


「金の話ばかりする女だって言われたわ」


 俺は息を呑んだ。


「夢がない。冷たい。数字で人を見る。そう言われた」

「そんなの」


 思わず言いかけて、止めた。

 怒りが湧いた。

 でも、今ここで俺が怒っても、氷室さんの傷が軽くなるわけではない。

 氷室さんは、俺の反応に気づいたのか、少しだけ苦笑した。


「別れる少し前、彼に言われたの。お前といると、夢が小さくなる気がするって」

「……ひどいです」


 結局、言ってしまった。

 でも、これだけは言わずにいられなかった。


「氷室さんは、夢を小さくしたんじゃないと思います」


 彼女が俺を見る。

 俺は、言葉を探した。


「夢を、ちゃんと続けられる形にしようとしただけですよね」


 氷室さんの目が、ほんの少し見開かれた。


「生活が壊れたら、夢も続かないじゃないですか。家賃も税金も健康も、全部現実だけど、夢の敵じゃないですよね」


 俺は缶コーヒーのプルタブを指でいじりながら、続けた。


「少なくとも俺は、氷室さんにそう教わりました」

「高瀬くん」

「俺、最初はたぶん、その人と似てました」


 言葉にすると、痛かった。

 でも逃げたくなかった。


「嬉しいと買うし、つらいと買うし、副業収入もお小遣いみたいに思ってたし、税金も怖くて見ないふりしてました。生活のことも、正直ちゃんと考えてなかったです」

「……」

「でも、氷室さんに言われたことを、管理されてるとは思ってません」


 氷室さんの指が、かすかに震えた。


「たまに、怖いですけど」

「怖いのね」

「怖いです。サブスク七つ切られた時とか」

「それは必要だったわ」

「はい。でも」


 俺は氷室さんを見た。


「俺の人生を雑にするなって言ってくれてるんだと思ってます」


 氷室さんは何も言わなかった。

 エントランスのツリーの光が、彼女の瞳に小さく映っている。

 その光が、少しだけ揺れたように見えた。


「先輩が金の話をするの、冷たいからじゃないですよね」

「……」

「生活を守る話をしてるんですよね」


 その瞬間、氷室さんの表情が崩れた。

 本当に、一瞬だけ。

 普段の彼女なら絶対に見せないような、泣きそうな顔。

 俺は息を止めた。


 抱きしめたいと思った。


 でも、動かなかった。

 ここで勢いで踏み込むのは違う。

 氷室さんが、やっと見せてくれた弱さを、俺の欲で回収したくなかった。

 だから俺は、少しだけ距離を保ったまま言った。


「俺、その人とは違いたいです」

「それを言われるのは、少し怖いわ」

「はい」

「信じたくなるから」


 氷室さんは、目を伏せた。


 胸が詰まった。

 信じたくなる。

 それは、期待とは違う。

 もっと重くて、もっと怖い言葉だ。


「すぐに信じなくていいです。俺、実績まだ少ないので」

「実績」

「サブスク七つ切って、スニーカー一足我慢して、ふるさと納税で米を選んだくらいです」


 氷室さんが、かすかに笑った。


「そうね。まだ短期実績ね」

「はい。なので、長期で見てください」

「長期」

「俺、ちゃんと変わるので。いや、変わるというか、変わり続けるので。先輩がすぐ信じなくても、見ててください」


 言いながら、これはもうほとんど告白だと思った。

 でも、前みたいに『好きです』とぶつけるだけではなかった。


 今の俺は、少しだけ違う。

 好きだから見てほしい。

 でも、それ以上に、ちゃんと見られても恥ずかしくない自分になりたい。


「高瀬くん」

「はい」

「あなたは、私を助けようとしなくていいのよ」


 氷室さんの声はやわらかかった。


「私は、あなたに過去の誰かの穴埋めをしてほしいわけじゃない」

「はい」

「あなたが私のために変わる必要もない」

「はい」

「自分のために変わって」


 その言葉は、静かに胸に落ちた。

 俺は、ゆっくり頷いた。


「そうします」

「本当に?」

「はい。先輩に好きになってほしいのは、正直あります」

「正直すぎるわね」

「でも、それだけじゃなくて。俺、自分の生活をちゃんと持ちたいです」


 氷室さんは、少しだけ安堵したような顔をした。


「なら、いいわ」

「はい」

「でも今日は、もう帰りなさい。寒いし」

「氷室さんは?」

「私も少ししたら帰る」

「駅まで一緒に行ってもいいですか」


 言ってから、少しだけ身構えた。

 断られるかもしれない。

 でも氷室さんは、短く言った。


「いいわ」


 それだけで、俺は今日何も買わなくても十分だった。

 帰り道、俺たちは並んで駅まで歩いた。

 街はクリスマス前の光でいっぱいだった。

 カップルも多い。

 プレゼントらしき紙袋を持った人もいる。


 俺は何度か、横目で氷室さんを見た。

 彼女はいつもより少し静かだったが、さっきのような苦しそうな顔ではなかった。


「高瀬くん」

「はい」

「今日の紅茶代、家計簿に入れてね」

「この流れでそれ言います?」

「大事なことよ」

「入れます。飲料代です」

「よろしい」


 いつもの言い方。

 でも、その声が少しだけ柔らかい。

 駅に着き、改札前で別れる。


「今日は、ありがとう」


 氷室さんが言った。

 先にお礼を言われるとは思っていなかった。


「俺、何もしてないです」

「聞いてくれたでしょう」

「それくらいなら、いつでも」

「いつでもは、危ないわね」

「じゃあ、先輩が話したい時に」


 氷室さんは、少し考えるように俺を見た。


「そうするわ」


 それだけ言って、彼女は改札を抜けていった。

 俺はしばらく、その背中を見送った。

 帰りの電車の中で、スマホを開く。

 通販サイトの通知が来ていた。


 クリスマスセール。

 限定コーヒードリッパー。

 ギフトにもおすすめ。

 以前の俺なら、きっと買っていた。


 今日の気持ちをどうにか形にしたくて。

 氷室さんの泣きそうな顔を見て、何もできなかった自分をごまかすために。

 でも、俺は買わなかった。

 代わりに家計簿アプリを開く。


 今日の支出。

 ホット紅茶、百四十円。


 メモ欄に、俺は書いた。

 氷室さんの元恋人は、生活を軽く見る人だった。

 先輩は冷たいんじゃなくて、生活を守る人。

 俺は、俺のために変わる。


 そこまで書いて、少し考える。

 最後に、一行だけ足した。

 今日は何も買わなかった。

 たぶん、それが今日の俺にできる、いちばん誠実なお金の使い方だった。

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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