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【完結】告白したら振られたのに、クールな先輩が俺の資産管理を始めた  作者: 木風


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12/20

第12話 生活を軽く見ない

 その日の夕方。

 俺は退勤前に、給湯スペースで氷室さんを見つけた。

 彼女はひとりでマグカップを洗っていた。


「氷室さん」

「何?」


 いつもの声だった。

 でも、距離は少し遠い。


「昼のこと、すみませんでした」


 俺は頭を下げた。

 氷室さんが手を止める。


「生活感がどうとか、夢がないとか、俺、失礼でした」

「……気にしなくていいわ」

「気にします」


 自分でも、少し驚くくらいはっきり言えた。


「俺、今まで生活をちゃんと見てなかったから、たぶん簡単にそういうこと言えるんだと思います」

「高瀬くん」

「お米もティッシュも洗剤も、なくなったら普通に困るのに。そういうのを誰かがちゃんと考えてるから、生活って回ってるんですよね」


 言いながら、なんとなく子どもの頃のことを思い出した。

 冷蔵庫に牛乳があること。

 洗面所に新しい歯磨き粉があること。

 トイレットペーパーが切れたら補充されていること。


 そういうものを、俺はずっと当たり前だと思っていた。

 今、一人暮らしをしているのに、まだその感覚が抜けていなかったのかもしれない。


「俺、欲しいものを選ぶのは得意なんですけど、必要なものを選ぶのは下手です」


 氷室さんは、何も言わなかった。

 だから俺は、続けた。


「でも、必要なものをちゃんと選べる人になりたいです」


 氷室さんが、ゆっくりとこちらを見た。


「どうして?」


 その質問の意味を、俺は少し考えた。

 先輩に褒められたいから。

 先輩に好きになってほしいから。

 それも本当だ。


 でも、それだけではない気がした。


「自分の生活をちゃんとしたいから」


 俺は言った。


「あと、いつか誰かと一緒に暮らすことがあった時に、その人に全部背負わせたくないから」


 言ってから、急に恥ずかしくなった。


 重い。

 振られた相手に言うには、かなり重い。

 だが、氷室さんは笑わなかった。

 困った顔もしなかった。

 ただ、少しだけ目を伏せた。


「そう」


 小さな声だった。


「それなら、いいと思う」

「はい」

「昼の私も、少し大人げなかったわ」

「そんなこと」

「あるわ」


 氷室さんは、洗ったマグカップを布巾で拭いた。


「昔、生活を軽く見る人が近くにいたの」


 俺は息を止めた。

 氷室さんが、自分から話し始めた。


「夢があると言って、欲しいものを買う。必要な支払いを後回しにする。いつか何とかなると言って、今を整えない。そういう人」

「……」

「私は、その人の夢が嫌いだったわけじゃない。でも、生活を壊しながら語られる夢は、だんだん怖くなる」


 声は静かだった。

 でも、その静けさの奥に、古い傷みたいなものが見えた。


「だから、少し過剰に反応した。ごめんなさい」

「謝らないでください」


 俺はすぐに言った。


「俺、聞けてよかったです」

「楽しい話ではないわ」

「でも、大事な話です」


 氷室さんが俺を見る。

 俺は、ちゃんと目を逸らさなかった。


「俺は、その人とは違いたいです」


 言ってから、心臓が大きく鳴った。

 それはほとんど、告白の続きだった。

 氷室さんにも、たぶん伝わった。

 彼女は何も言わなかった。


 ただ、少しだけ困ったように眉を下げた。


「高瀬くんは」

「はい」

「そういうところが、少し危ないわね」

「危ない?」

「まっすぐ言いすぎる」

「すみません」

「謝ることではないけれど」


 氷室さんはマグカップを片付け、俺の横を通り過ぎようとした。

 その時、俺は思わず声をかけた。


「氷室さん」

「何?」

「返礼品、米にします」


 彼女が振り返る。


「あと、コーヒー豆も。俺が飲むやつですけど、よかったら会社で少し持ってきます」

「いいの?」

「はい。先輩も飲めるなら」

「私はブラックなら」

「じゃあ、先輩が飲めるやつ選びます」

「自分のふるさと納税でしょう」

「でも、どうせなら一緒に飲める方がいいので」


 氷室さんは、一瞬だけ黙った。

 そして、小さく息を吐く。


「……そういうところよ」

「え、また危ないですか」

「少し」

「でも嫌ですか」


 聞いてしまった。

 氷室さんはすぐには答えなかった。

 給湯スペースの蛍光灯が、彼女の横顔を白く照らしている。


「嫌ではないわ」


 その夜、俺は家でふるさと納税の申し込みをした。


 米。

 コーヒー豆。

 それから、少量の冷凍惣菜。

 肉もカニもスイーツも、まだ少し未練はあった。


 だが、冷凍庫の容量を確認し、家計簿アプリを開き、控除上限額に余裕を持たせて、ちゃんと選んだ。

 最後に、申し込み完了画面をスクショして、氷室さんに送る。


『米とコーヒー豆にしました。冷凍庫も確認済みです』


 すぐに既読がついた。


『よくできました』


 よくできました。

 俺はスマホを握りしめ、ソファの上でひっくり返った。

 この人は本当に、たった一文で俺をだめにする。

 少しして、もう一通来た。


『コーヒー、楽しみにしています』


 俺はしばらく、その文章を見つめた。


 一緒に飲める。

 たぶん、会社の給湯スペースで。

 紙コップかマグカップで。

 それだけのことだ。

 それだけのことなのに、俺には返礼品のどんな高級肉よりも、ずっと贅沢に思えた。


 家計簿アプリを開く。

 今日のメモ欄に、俺はこう書いた。


 ふるさと納税は、夢だけじゃなく生活を選ぶもの。

 生活を軽く見ない。

 氷室さんは、ブラックコーヒーが飲める。


 最後の一文を見て、また少し笑ってしまった。


 好きな人の好みがひとつ増える。

 それは、どんな返礼品よりも嬉しい。

 そして俺はたぶん、また少しだけ、必要なものを選べる人間に近づいた。

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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