第五話 熱、焦燥
「それは褒め言葉として受け取っていいのかしら?」
死那が私の顔を覗く。
「勝手に解釈してろ」
フフフと妖しげに笑う死那。
「それにしても……無様ね。栞音」
誰のせいでこうなってるとでも?
イライラを必死に抑えた。
「無様とはいえ、顔がほんのり赤くて可愛らしいわよ、私の愛らしい栞音」
誰がこんなヤツのモノだよ。
私の隣にそっと座り、麻痺している右手を手に取る。
その手を顔に擦り寄せた。
気色悪い。
しかも、全身が麻痺してきた。
最悪だ。
「見守る」っていう言葉の効力じゃねぇ。
どれだけの意味をこの言葉に込めた?
今すぐにでも払い除けたい。
「いいのかよ……持ち場を……離れて」
目を細めたが、相変わらず擦り寄せる。
「わかっているでしょう?ココは私の空間。私が好きに改変できるのよ。車掌室に行くことくらい簡単よ」
まるで、愛しい宝物のように愛でる。
「それに、栞音のこそ良いの?素を橘さんに見せて。最初のイメージが台無しよ」
「別に。どう思われていようが知ったこっちゃない」
目を逸らす。
「嘘つき。他人からの評価を気にしてるクセに。目を逸らしたのがその証拠よ」
図星だ。
分かりやすいのが私の欠点。
「……言霊。アンタは……さっきの……言葉に……どういう……意味を……込めた」
ああ、まずい。
声帯が動かなくなってきた。
誤魔化そうとして言ったのに。
「単純に橘さんと同行できないようにしようと思っただけよ。誤魔化そうとして可愛いわ。本当なら今すぐにでも連れて帰りたい」
足止めしたいだけなら「動くな」でも問題ねぇ……。
……。
本当にまずい。
視界が……グラついて……。
「栞音?目が虚ろになっているわよ?」
異常に気づいたのか心配する様に話かけられた。
こんなヤツに心配されるなんて。
私も末期だな。
死那は擦り寄せるのをやめ、顎に手を当てて何か考えている。
そして、一言呟いた。
「緩和」
体の麻痺、目眩が少し楽になった。
「半人半霊でも言葉に毒を混ぜたら効くのね。良い勉強になったわ」
何を言っているのかよく聞こえなかった。
でも、体を起き上がらせないと。
無理に体を動かそうとした瞬間。
無慈悲な言葉が飛んできた。
「眠りなさい」
―私の意識はそこで途切れた。
「ごめんなさいね、栞音。本当はもっとお話していたかったのだけれど、陶冶するためにはその体調ではダメ」
スゥ……スゥ……。
栞音に顔を近づけ、フフフともう一度妖しげに笑う。
「寝顔も可愛い。そんな姿をみたのは何年ぶりかしら」
そっと頭を撫でる。
優しく、丁寧に。
同時に、自分が憎らしくなった。
「シノサみたいな事をしてしまったわね。今後は気をつけないと」
スッと立ち上がり、指をパチンと鳴らす。
「解除。コレで体調は大丈夫」
栞音の事を微笑ましく見る。
「さて、そろそろ教材が車掌室に来る頃ね。きっと驚いてくれるわ。橘さん」
背筋が凍った。
バッと振り向くけれど何もいない。
「当然か。元々いた車両以外何もいないし」
……いない代わりに、そこら中血溜まりだらけだけど。
「本当、静かだなぁ……」
そう思いながら走る。
後、なんか長くない?
この列車。
普通の列車って五分程度で端から端まで行けるはずなんだけど。
十分走ってまだ着かないってどれだけ?
それに時々、なーんか既視感があるんだよね。
それは奥に進めば進む程、この感覚が強く感じるようになってきた。
しかも、血溜まりだけでなく、死体も出てくるようになってきた。
死体はグチャグチャで顔がわからないものばかり。
私は死体を見て足を止めた。
「この制服……。私と同じ、福留高校の……」
制服を着た高校生の死体が車掌室の前に沢山転がってあった。
不気味な石像の前で。
おそらく皆、女子高生。
体格も私と同じくらい。
私は憐れむことしかできなかった。
そして、覚悟を決めて車掌室の扉を開いた。
そこには、まるでお茶会でも始めるつもりだったかの様に白いテーブルクロスが広げられていた。
「橘さん!来てくださったのね」
いつの間にか、私の手を握ってそう言った。
「良いものを見せてあげるわ」
パチン、と指を鳴らし、端にあったモニターに画面が映った。
そこには、目を見開いてしまう程、衝撃的なものが映っていた。




