第四話 二転三転、五里霧中
「栞音?見守るなんて大層な事を言った割には助けてるじゃない」
甘美な声が脳内に直接響いた。
さっきよりも更に嫌そうな顔をしてからスッと元の表情に戻った。
そして、濃霧が車内に蔓延し始めた。
霧が濃くて周りが見えない。
そんな中、人影が私たちに向かって近づいてきた。
カツン、カツン。
霧が少しずつ晴れていく。
カツン、カツン。
霧が完全に晴れた。
「初めまして橘さん。私は凶魔死那と申します。よろしくお願いしますね」
羽衣のようにふんわりとしたゴシックのモノクロのワンピースに身を包んでいる。
カーテシーを軽やかに行った。
まるで西洋のお嬢様みたいに美しかった、綺麗だった。
死神の時とは違う。
確実に。
私は見惚れた。
栞音はそんな私を見て「あちゃー」と言いたげな感じ。
今の私はきっと夢見る少女のような表情をしているのだろう。
……もし私が物語の主人公なら、ただの馬鹿な主人公に成り下がっているんだろうな。
何てことをどことなく考えていた。
別に私はそれでもよかった。
バシッ。
鈍い音が響く。
「痛いっ」
チョップされた。
「さっき言った。付け込まれるって。即堕ち二コマじゃないんだからもうちょっと頑張って」
明らかに鬱陶しそう。
「見惚れるとかない」
なんか、ちょっと性格変わった?
「栞音、橘さんに失礼よ」
「よく言う。都合のいい手駒が来たって内心思ってるんだろう?」
苦虫を嚙み潰したような顔で凶魔さんを睨む。
どうしよう、入るスキがない。
そんなことを思っていたら。
カツッ。
突如、軽く床をける音がしたと思ったら、目の前に凶魔さんがいた。
一瞬栞音は嫌そうな顔をしたが普通の顔に戻った。
「橘さん、私、あなたのことを気に入ったの。あなたさえよければ車掌室に来てくださらない?来てくださったら橘さんの運命を少しばかり変えて差し上げられるわ」
「え?」
思わず声が漏れた。
「少しばかり」というこの言葉は、見惚れていようがいまいが藁にも縋る思いで信じるだろう。
チョップされて正常な私が現にそう。
「それに、ね。橘さんがとても喜ぶプレゼントも用意してあるの」
「どっからどう考えても罠」
悪態をついているがごく自然な反応。
そんなこともお構いなしに話を続ける凶魔さん。
「よい選択をすること、願ってるわ」
別の車両の奥に、そういい消えた。
かと思ったがこちらをチラッと見て、一言言った。
「ああ、栞音?自分で言った通りに見守っていなさいよ」
ビクン、と大きく跳ねる栞音の体。
その様子を満足げに眺め、今度こそ車両の奥へと消えていった。
栞音の様子が明らかにおかしい。
「栞、栞音?」
異常者でも心配になる程汗をダラダラ床に垂らし、斑点を描いている。
「とんでもない置き土産をッ……!」
苦しそうに顔を歪める。
「効力の強い言霊をデメリット無しで吐いたッ……」
よくわからない。
ポカンとする私。
「え、つまりどういうこと?」
「……要するに同行できないってコト」
恐る恐る手を挙げる。
「あのー。それって私、途中でさっきみたいな化け物に出会ったら死ぬって事ですか……」
「よくわかってる、そういうこと。助けられないから自分で頑張れ」
コレ、本当に詰んだ?
「まぁ、同行できなくてもそうするつもりだったケド」
「え˝」
「さっき言った」
「栞音は鬼なの!?悪魔なの!?人でなしなの!?ねぇ!?」
「起きても言いわけ?」
ハッとして慌てて口を塞ぐ。
そんな私を見て疲れながらもクスクス笑う栞音。
「な、何がおかしいわけ?」
「ああ、わりぃわりぃ。これより奥に起きる類のやついないのに必死になって口塞ぐからさ」
クックックッと笑いを堪える栞音。
こっちからしたらそんなの分かりっこないのに。
コイツッ……。
「ちなみにさっきのセリフ。私に言うより死那に言ったほうがいい。事実だから」
そんな人に惹かれてしまったパート2。
「行くか行かないかは好きに決めて」
結構疲れた顔で無理してニヤッと笑う。
相変わらず汗がダラダラ。
……心配してたけど、ここで足踏みしてたって変わらない。
「思ってたより元気そうだし行くよ」
「じゃあさっさと行って」
半ば車両から追い出されるようにして、私は奥の車両へ出た。
結構いい表情するもんだな。
栞音が中学生だということを実感した。
……でも、しんどそうでも異常者と二人っきりになるのは嫌だった。
死ぬのはもっと嫌だけど。
私は足早に車掌室へ向かった。
「死那ッ……見守るって言霊だけでめまいや高熱が出るのはちげぇだろ……」
詰めた鉄の床の上に大の字で寝転がる。
「鎌もロクに握れやしねぇ……」
隣に置いてある大鎌に手を伸ばすが手が痙攣していて掴めない。
「はぁっ……はぁっ……今度は……麻痺かよ……」
強い言葉を吐けば自分に返ってくる。
これが普通なのに、通用してない。
「はは……バケモンが……」
天井を真っすぐに見つめてそう言った。




