第三話 鉄の箱の執行者 前編
「葬儀開始――」
その直後、動いたのは死神のほうだった。
重心を低く落とし、鎌を床と水平に寝かせる。
子供達は死神の背後で相変わらずクスクス笑ってる。
きっと死神が私達の命を刈り取ってくれる事を期待しているのだろう。
だが、その期待はあまりにも簡単に散った。
水平に寝かせた後、円を描いて一閃した。
空気を切り裂く鋭い音とともに。
死神が放った死の一閃。
それは子供達のことを一切考えない攻撃だった。
頭上で子供達の首が飛ぶ。
栞音は攻撃が放たれる前に私をそばに寄せ、素早くしゃがんで避けていた。
もう感覚が麻痺してきた。
でも、わかったことが二つある。
一つは、同士討ちを平気で行うこと。
もう一つは、栞音はフツーに強い狂人だということ。
わかっていたけど辣腕な狂人だとは……。
……どうしよ、冷静に分析始めちゃってるよ。
「あのさぁ……。思惑の通りに動かしたいなら殺しに来ないほうがいいと思うんだケド」
……?
何言ってるの?
この人は。
「ま、どうせシナの使いだろうしさっさと帰んな」
しっし、とハエでも追い払うかのように手で表現している。
死神はただ「ギギギ……」と重苦しい音を立てるだけ。
栞音がスッと立ち上がる。
「後ろにある子ども二人の首持って帰ったら?喜んでアンタのこと殺してくれるだろーよ」
ケケケとわざとらしく笑う栞音。
ピンボールの盤上を転がる様に跳んだ首を指差す。
窓ガラスには紅い華が咲き、まだ清潔だった部分の座席は無数の斑点と筋状の鮮血で埋め尽くされている。
もう本当に感覚が麻痺してきた。
何なの、この会話。
なんで目の前で首が飛んだのに普通なわけ?
……私も慣れてきちゃったみたいだけどさ。
いつもなら絶対吐いてる。
こんな異常空間でさえなければ。
私もおかしくなっていたワケ?
ぜっったい嫌だね。
私は早くこの列車から降りたい。
ただそれだけなんだ。
「惹かれといていうのもなんだけどさ。さ、さっさとそいつどうにかしてよ」
声が震えた。
不安や焦りで。
早く降りないと。
なんだか本当にこの列車から降りられなくなる気がする。
恐怖心からか額から汗が噴き出てきた。
栞音はそんな私を見てクスリと笑った。
年相応であり、どこか異常な笑い。
「承知しましたよっと」
栞音はそう言った後、鎌の要に手をかけた。
要には灰色の十字架が掛けてある。
更にその上から、白銀の懐中時計が掛けてあった。
時計を丁寧に手を取り、死神に向かって蓋を開いた。
眩しい。
澄み渡る星空を地上に引き落としたような、美しくも苛烈な閃光が死神を覆った。
死神は光を避けようと軽やかに体を動かしたが、避けきれず巻き込まれていった。
「グギッ……グガッ……」
光の中から聞こえてきたのは声にならない断末魔だった。
光の渦に焼かれているその体は、先ほどまでの枯れ木のような軽やかさが失われていく。
目に見えて分かった。
重力。
死神が確かに重力に触れている。
これだけでも信じられないのに更に信じられないことが起きた。
骨だけの体に肉が付き始めた。
フツーにグロい。
……それよりも、死神を、死を司る存在を、人間にしようとしている。
何よりその事実が信じられなかった。
そもそも私がこの異空間にいること自体信じられないけど。
死神は必死に抵抗しようとしている。
が、慣れない重力のせいで体がうまく動かせず床に這いつくばっている。
「ヒュウ……ヒュウ……」
さっき聞こえてきた声にならない断末魔とは違い単にうまく息を吸えていないみたいだった。
光が死神を包み終えた後、中から出てきたのはただの弱々しい男性だった。
「ガハッ、……ゲホッ、……ゥ、ア……!」
肺という名のただの肉の袋は元死神にとってただの邪魔くさい鎖だった。
「ヒュ、……ゥ、ヒ、ッ、……ア、ッ……!」
「あー、生きてる?」
ちょこん、と幼い子供のように屈む栞音。
「口を閉じて、鼻から入れるの」
人差し指で元死神の唇をそっと閉じた。
そして、自分の胸を大きく膨らませてみる。
「胸の中に風船があるイメージで」
元死神の片手を取り、自分の左胸。
最も大きく波打つ場所に押し当てた。
「ね、膨らんだでしょ?次はアンタ」
栞音の手が、元死神の鎖骨の下、平らな胸へと移動する。
「お腹をヘコませて、胸の風船を膨らませるイメージで」
栞音はニッコリと聖女のように微笑み「ほら」と促す。
元死神は「スーッ」と上手く息を吸う。
「そうそう、そんな感じ!」
褒めちぎっている。
「今度は膨らませた風船を萎ませるイメージで」
「ハーッ」と深く、ゆっくり、息を吐く。
「今度は萎んだでしょ?ほら、やってみなよ」
元死神は見よう見真似で「ハーッ」と深く、ゆっくり、息を吐く。
「なんだ、上手じゃん。ならコレを三秒かけて何回か繰り返しなよ」
死にたくないから言う通りにする元死神。
「スーッ……ハーッ……」
当初とは比べ物にならない位に呼吸が上達している。
「……助かった」
元死神がポツリと言った。




