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マルコさん、マジマルコ

 白寿草は、幻想の森の奥にある。


 幻想の森。


 ゲームでは隠し要素が色々あって、普通なら、テンションが上がる場所である。


 だが今はそれどころではない。


 レンのお母さんを助けるために、一直線で白寿草へ向かう。


 颯爽と森を進み、華麗に薬草を回収し、勇者っぽく帰還する。


 ――はずだった。


「痛い痛い痛い! 刺されてますって! ネモさん! 痛いです!」


「うるせーな! 俺だって痛いわ! お前が全部金使ったから装備買えなかったんだろうが! キラッキラの目で戻ってきやがって!」


「あー!! 言いましたね? 自分が買ってこいって言ったくせに!」


「限度ってもんがあるだろうが! こいつらただの蜂だぞ? モンスターですらない虫に俺らはやられんのかよ!」


「うーわ、ダッサ! ダサいですよネモさん! あれだけかっこつけといて、お金残せとかそれはないですよ!」


「ダサいって結構心に来る言葉だからな! 取り消せよ!」


 白寿草の自生地へ向かう途中、木の枝にぶら下がっていた小さな蜂の巣に気づかず近づいてしまったのだ。


 ゲームでは、ただの背景だった。


 現実では、普通に蜂だった。


 しかも怒る。


 追ってくる。


 刺してくる。


「ネモさん? あそこに見えるトカゲも、ただのトカゲですよね?」


「マルコさんよ。あんた、あんなデカいトカゲ見たことあんのかね? しかも羽生えてるやつ」


「ですよねー。魔物だー!!」


 木々の間から、羽の生えたトカゲが姿を現した。


 これトカゲでいいんだよね? 恐竜の類じゃない?


 無理。


「走れ!」


「もう走ってます!」


 そんなこんなで、俺たちは走った。


 とにかく走った。


 枝に顔をぶつけ、泥に足を取られ、何かよく分からない草に引っかかりながら、それでも走った。


 やがて、森の空気が変わった。


「マルコ!ストップ!なんか、っぽい。っぽい感じがする!」


 湿った土の匂いに、甘い花の香りが混じる。

 木々の隙間から、白い光が差し込んでいる。


「うわー……」


 思わず声が漏れた。


 一面に白い草が生えていた。


 陽の光を受けて、うっすら輝いてすらいる。

 風が吹くたびに、白い波みたいに揺れた。


 これ絶対白寿草だわ。


 神々しいもん。


 そして、その上。


 巨大な蜂の巣があった。


 大樹に貼りつくように、何層にも重なった巣が広がっている。

 表面は穴だらけで、その穴の奥から、低い羽音が響いていた。


「蜂の巣って、あんだけデカいとキモいな」


「ネモさん、そんなこと言ってる場合じゃないですよ。あのサイズの巣ってことは、蜂もそのサイズってことですよね?」


「そういうことだ」


 喉が鳴った。


 正直、めちゃくちゃ怖い。


 怖いけど、やるしかない。


 あの白寿草があれば、レンのお母さんを救える。


「マルコ、下がっとけ。ただの蜂で泣いてたお前の手に負える相手じゃない」


「なんですかー?」


「俺が言う前に下がるな」


 マルコはすでに、俺の三歩後ろにいた。


 まあいい。


 逃げ足が早いのは大事だ。


 俺は風切りの弓を構えた。


 これが現実の猛毒大蜂にどこまで通じるのかは分からない。


 ゲームなら、装備さえ整えれば序盤の敵はどうにかなった。


 でもここは現実だ。


 ちなみに装備は整ってすらない。


 風切りの弓一本勝負だ。


 死ぬかもしれない。怖い。


 それでも、弦を引く。


「喰らえ! 勇者の一撃!」


 矢が空気を裂いた。


 白く光る草原の上を一直線に飛び、巨大な巣へ突き刺さる。


 一瞬、静かになった。


 それから。


 ぶうん、と空気が震えた。


 巣の奥から、何かが這い出してくる。


 黒と紫の縞模様。

 濁った翅。

 槍のような毒針。


 人間の頭ほどもある巨大な蜂が、ゆっくりと巣から姿を現した。


「いや、これ無理だろ。もう足ブルってるもん」


「ネモさん、ファイトでーす」


「声援が軽い!」


 猛毒大蜂が羽を震わせた。


 分かる。俺は身の程を知っている。たぶん避けきれない。


 だから、動く前に撃つ。


「頼むぞ、命中補正!」


 矢はまっすぐ飛んで、猛毒大蜂の胴に命中する。


 当たった。


 当たったのに。


「全然効いてねーじゃん!」


 矢は刺さった。

 だが浅い。


 猛毒大蜂は羽音を強めた。

 これ絶対怒ってるやつじゃん。


「あいつ、くそ硬いっぽい! でも数打ちゃいつか通る! はず!」


 俺は立て続けに矢を放った。

 風切りの弓は優秀だった。全部当たる。

 でも全部浅い。


 まずい。


 考えている間にも、猛毒大蜂がこちらを向いた。


 次の瞬間、やつは弾丸みたいに突っ込んできた。


「うおっ!」


 俺は横に転がった。


 直前まで俺がいた場所に、毒針が突き刺さる。


 土が黒く変色して、じゅう、と嫌な音を立てる。


「毒、強すぎない?」


「ネモさん! あいつ、胴の後ろ側、なんかうっすら光ってませんか!?」


 え?こいつスピリチュアル系の人?


「俺はスピってないから分からん! どの辺だ!」


「ほら、あそこです! 縞模様の下! お尻の少し手前!」


 こいつ本格的にあれなのか?見えちゃいけないものが見える系か?


 でもまあ、マルコが見えるって言うなら信じてみようじゃないか。


 俺は弦を引き絞った。


「喰らえ! スピリチュアルアロー!」


 矢は、マルコが示した縞模様の下へ吸い込まれた。


 鈍い音がした。


 次の瞬間、猛毒大蜂が大きく体を跳ねさせる。


 羽音が乱れ、巨体が空中でぐらつく。


「すんげー! 通った! 効いてるぞマルコ!」


「ネモさん! そこです! 光が濃くなってます! 同じところを狙ってください!」


 こいつ、スピか目利きか知らんがすげえ。


「でかしたスピコ!」


 俺は次の矢を構えながら叫んだ。


「さすが大商人の息子! 見る目が違うぜ!」


 俺は弓を構え一気に放った。


「見たか、魔物め。これが金に育てられた男の力だ」


「褒めてます?」




第六話 女神クソガキ降臨


 俺が放った矢は、マルコの示した場所へ次々と吸い込まれていった。


 猛毒大蜂の羽音が乱れる。


 巨体が空中でぐらつき、最後に大きく跳ねた。


 そしてついに、猛毒大蜂は地面に落下した。


「マルコ! 見ろ! お前のおかげで……」


 俺はマルコの方を振り返り、叫んだ。


「危ない!!」


 次の瞬間、俺の体が横に吹っ飛んだ。


 マルコに突き飛ばされたのだ。


 直後、ぶん、と嫌な音がした。


 最後の力を振り絞った猛毒大蜂が、毒針を飛ばしてきていた。


 毒針は俺のすぐ横をかすめ、近くの木の幹に突き刺さる。


 じゅう、と音がして、樹皮が黒く焦げた。


「マルコ! 大丈夫か!?」


「大丈夫です! ギリギリセーフです!」


「良かった。お前、こんな危ないことするな! もし当たってたら……」


「それはネモさんも同じでしょ?」


 マルコは少しだけ笑った。


「これで、少しは恩返しできましたかね?」


 今日はマルコに助けられっぱなしだ。


「勇者なのに情けない。でも……ありがとう。助かった」


「さあ、気を取り直して、白寿草を取ってレンちゃんのところに戻りましょう!」


 俺たちは白寿草をできる限り袋に詰め、急いで森を走り出した。


 とにかく急ぐ。


 白寿草は手に入った。

 あとは王都へ戻るだけだ。


「マルコ、遅いぞ! もう疲れたのか? これだからおぼっちゃんは……」


 軽口を叩きながら振り返って、俺は言葉を止めた。


 マルコの顔から、血の気が引いていた。


 額には、尋常じゃない量の汗が浮かんでいる。


「おい! どうした! 大丈夫か!」


 俺は慌ててマルコの腕を掴んだ。


 袖がずれる。


 そこには、紫色に変色した小さな傷があった。


「お前、まさかあの時、毒針に当たってたのか!」


「いやー、すいません。自分でも気づかなくて……すいません」


「そんなわけないだろ! 早く乗れ! 早く!」


 俺はマルコに背中を向けた。


 まだ間に合うはずだ。


 急いで王都に戻れば医者もいる。

 毒消しもある。

 商会に行けば金も人手もある。


 まだ間に合う。


「そんなことしたら、レンちゃんのお母さんが間に合わないかもしれないですよ。先に届けてから、商会の人間を寄越してください。私は大丈夫ですから」


「うるせー。バカが」


 俺はマルコを担ぎ上げた。


 重い。


 くそ重い。


 こいつ、いいもんばっか食ってやがるな。


「ネモさん……私は本当に」


「黙ってろ。喋るともっと重くなる」


「喋っても体重は変わりませんよ」


「気分の問題だ」


 俺はマルコを担いだまま、歩き始めた。


 走りたかった。

 でも、足元が悪すぎる。

 転べば終わりだ。


 白寿草の入った袋を抱え、マルコを背負い、俺は森の中を進む。


 早く。

 もっと早く。


 そう思っていた時だった。


「……くそっ、なんでこんな時に」


 しばらく歩いて、俺は行きとは違う風景に気づいた。


 道がない。


 さっきまであったはずの木の根も、倒木も、泥道も消えている。


 代わりに、目の前には白い石畳が続いていた。


 その先に、古びた天秤がある。


 こんな時に限って、幻想の森の特殊イベントが発生しやがった。


 女神の天秤。


 超低確率でランダム発生するイベント。

 差し出したアイテムによって、ユニークアイテムやスキル、能力アップなどの恩恵を得ることができる。


 こんな時じゃなければ、泣いて喜ぶレベルの奇跡だ。


「おい、女神! 今は急いでるんだ! 何もいらないからここから出してくれ!」


「なにあんた。まだ何も説明してないんだけど?」


 天秤の向こうに、少女が現れた。


 金髪。

 白い服。

 綺麗な顔。


 そして、ものすごく生意気そうな目。


 うーわ。


 これが女神か。


 全然タイプじゃないわ。


「あんた今、失礼なこと思ったでしょ?」


「あー、分かった分かった。申し訳ない。とにかく急いでるんだ。仲間の命がかかってる。俺は今、何もいらない。だからここから出してくれ」


「ふーん。何もいらないのね」


 女神は、俺の背中のマルコを見た。


「その子、猛毒にかかってるのね? 助けてあげてもいいけど?」


「本当か!!」


 俺は思わず身を乗り出した。


「それなら頼む! なんでも渡す! 助けてやってくれ!」


 女神は、にやっと笑った。


「じゃあ、その袋に入ってる白寿草、全部ちょうだい?」


「それだけはできない」


 即答だった。


 マルコを助けたい。

 でも、この白寿草を渡せば、レンのお母さんが助からないかもしれない。


 それはできない。


「なんでもと言ったのは俺が悪かった。すまない。これだけはどうしても渡せないんだ」


「知ってる。分かって言ってるのよ? ネモくん」


「名前まで知ってるのか。それならもういいだろ。これは渡せないし、時間がない。からかってるだけなら、もうやめてくれ」


「ネモくん。なんでも渡すって言ったよね?」


 女神は天秤に指を乗せた。


 天秤が、かたりと揺れる。


「じゃあ……ちょうだい」


 金色の目が、まっすぐ俺を見た。


「あなたの人生」


 息が止まった。


「もちろん、全部なんて言わないわ。あなたの人生の一部を」


 人生の一部。


 曖昧な言い方しやがって。


 何を取られるのか分からないのは正直怖い。


 でも、マルコの呼吸は浅くなっていた。


 腕の紫色も、少しずつ広がっている。


 寿命か?

 記憶か?

 能力か?


 なんにせよ、迷っている時間はない。


「構わない。もらってくれ。それでこいつが助かるなら。早く」


「ふふ、契約成立」


 女神が指を鳴らした。


 その瞬間、マルコの腕に広がっていた紫色の染みが、嘘みたいに薄れていく。


「……あれ?」


 マルコがゆっくり瞬きをした。


「体が、軽いです」


「よっしゃーー!! ありがとう女神! あとマルコ、お前ちょっと重いわ」


「ちょっ、助かった直後に言うことですか!?」


「言う。こっちはお前を担いで死ぬほど歩いたんだぞ。とにかく行くぞ! 王都の、えーと……どこだ?」


 王都の、どこだっけ。


 いや、違う。


 戻る場所は分かる。

 貧民街だ。


 でも。


 あれ?


 この後、王都で何が起きるんだっけ。


 勇者になる少年は、この後、誰と出会うんだっけ。


 なんだ。


 なんか変だ。


 気持ち悪い。


 でも、今は関係ない。


 とにかくレンのお母さんだ。


「ネモさん、貧民街ですよ! 毒に頭やられたんですか!」


「うるせー! お前のせいで混乱したんだ! とにかく行くぞ!」


 俺たちは貧民街を目指して、森を走り出した。


「だから言ったじゃない。ネモくん」


 誰もいなくなった森に、女神の声だけが残る。


「あなたの人生をちょうだいって」


 くすくすと、楽しそうな笑い声が響いた。


「前世も、あなたの人生でしょ?」


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