だって勇者だもん
「ネモさん、覚えてませんね?」
「覚えてます。覚えてますから金貨回収しようとするのやめてください」
黒龍ってお前。ゲームでは倒したけど、乗るってどうやるんだよ。
まあいいか。そのうちマルコも忘れるだろう。
「よし、じゃあ早速馬車でも見に行くか!」
王都を歩いていると、ぱっと見は煌びやかだった街並みにも、ところどころ綻びが見えた。
「マルコ、あっちの方は何があるんだ?」
「……貧民街です。昔、別の国から流れてきた人たちや、王都で食い詰めた人たちが集まって暮らしている場所で」
「食い詰めた?」
「職にありつけなかったり、街になじめなかったり……色々です」
ゲームでは知らなかったな。やり込めば行けたりしたのか?
「少し見に行ってもいいか?」
「ダメです! ダメです! 危険って言われてますし、あっちの人たちも見物されたらいい気しないです」
「確かに。それはそうだな。よし、じゃあ馬車……」
言いかけたところで、ぎゅっと何かが俺の指を握った。
「ゆうしゃねもさま」
汚れた服を着ている子どもだった。昨日のネモ祭りの声は、どうやら貧民街の端まで届いていたらしい。
「ん? どうした? 勇者ネモ様だぞ」
「おかあさん、くるしいって。ゆうしゃさま、たすけて」
「ネモさん、おそらく貧民街の……」
「分かった。お母さんのところに連れて行ってくれ」
「ちょっとネモさん!」
「ばか野郎。勇者が人助けしないでどうすんだ」
「……これだからネモさんの付き人はやめられないですよ」
その子は俺の指を引っ張りながら、貧民街の奥へ連れて行った。
「ここ」
そこは家と呼んでいいのかわからない、木の板と布でできた小さな建物だった。
「入るぞ。おじゃまします」
中には一人の女性が、苦しそうに横になっていた。
その女性の額から髪の生え際にかけて、墨を垂らしたような黒い染みが広がっていた。
「はあはあ、レン? 帰ってきたのね……その人たちは?」
「ネモさん、この人多分黒天病です。多分もう……」
黒天病。ゲームでも出てきた病気だ。
頭の天辺から黒くなって、最後は全身が真っ黒になる。
ドット絵だと「なんか黒いな」くらいだったが、現実で見ると洒落にならない。
「レンちゃん。おかあさんは絶対に俺が治してやる。待ってろ」
レンの目に希望が満ちる。
「ちょっとネモさん! 子どもだからって適当なことを……」
「適当じゃない。黒天病は治せる。治す」
俺は知っている。この病気は白寿草と呼ばれる薬草を煎じて飲み、しっかりと栄養を取れば回復する。
ゲームの中では勇者になる少年が白寿草の自生場所を見つけ、後に王都で大流行するこの病気を根絶する。
多分もうこの時点で貧民街では蔓延してたんだ。
「おい、マルコ」
「はい」
「その金貨で、食料と水、あと清潔な衣類を買えるだけ買ってこい」
「え!?」
マルコが目を丸くした。
「でも、いいんですか? あれ、旅の資金ですよ?」
「……」
知ってる。
めちゃくちゃ知ってる。
良い馬車が買える金だ。
宿だって選び放題だ。
装備も整えられる。
うまい飯だって食える。
正直、惜しい。
ものすごく惜しい。
でも。
俺は、横になっている女性を見た。
それから、俺の服の裾をぎゅっと握っているレンを見た。
ここで人より金を選ぶやつを、勇者とは呼ばない。
少なくとも、俺は呼ばない。
「マルコ」
「はい」
「自分の足で世界を見る旅ってのも、悪くないと思わないか?」
マルコは一瞬だけ目を見開いた。
それから、少しだけ笑った。
「水と食料と衣類。できれば薬湯を作る鍋もいる。あと、清潔な布も多めに頼む」
「……いいんですね?」
「ああ。当たり前だろ? なんせ俺は……」
「勇者ですもんね!! 行ってきます!」
黒天病は治せる。
ただし白寿草の自生地は、序盤で最も危険な魔物、猛毒大蜂の巣の下だ。
あ。マルコ、毒消しの金だけは残してくれ。




