伝承者マルコ
マルコ、お前、おしゃべり上手すぎないか?
いや、待て。
今はそんなことに感心している場合じゃない。
こいつ、完全に気持ち良くなってやがる。
俺はケルベロスを倒していない。
「そして勇者様は、闇より現れた魔犬を前に、一歩も退かず――」
「おい、待てマルコ。それは言い過ぎ……」
「魔犬?」
商会の誰かが息をのんだ。
「ケルベロスか?」
違う。
「聖なる弓だと?」
言ってない。
「王国最強の座が代替わりする時か……?」
「時代が動くぞ……」
ざわめきが広がっていく。
まずい。
この商会、乗りが良すぎる。
というか、誰も真面目に確認しようとしていない。
若旦那が無事に帰ってきた。
その命の恩人がいる。
しかも本人がちょっと面白い。
完全に、飲む理由を見つけた大人たちの顔だった。
「ネーモ! ネーモ! ネーモ!」
くそっ。
ここのやつらはもうダメだ。
助けて、マルコパパ。
そう思って視線を向けると、恰幅のいい男は、涙ぐみながら俺の両手を握ってきた。
「勇者様……息子の命を、ありがとうございます」
パパー!!
「マルコ、ちょっとこっち来い!」
俺はマルコの腕を掴んで、店の端に寄った。
「お前、嘘はまずいだろ、嘘は。最初に勇者って嘘ついた俺が悪いんだけどさ」
「嘘じゃないですよ」
マルコは、思ったより真面目な顔で言った。
「私はあの時、本当に死ぬと思ってました。ああ、これが絶望かって。そんな時にネモさんが来て、私を助けてくれたんです。だったら私にとっては勇者ですよ。何かおかしいですか?」
「お……おう。なんだよ。照れるだろ」
でも、まあ、あれか。
確かに勇者か。
マルコにとって、俺は勇者か。
うん。
勇者だな。
「おらー! 若旦那の命の恩人だぞー! 今日は飲むぞー!」
「みなさん!」
マルコが高らかに宣言した。
「今日はうちの商会のおごりです! 好きなだけ飲んで、好きなだけ食べてください!」
おお、と歓声が上がる。
「名付けて、ネモ祭りです!」
悪くない。
ネモ祭り。
むしろ良い。
「よーし、お前ら! ケルベロスの話、聞かせてやるわ!」
*
翌朝。
「……完全にやっちまった」
いくらこの世界では十五で一人前とはいえ、あの量の酒はやりすぎたか?
頭が痛い。
喉が渇いている。
記憶がところどころ飛んでいる。
でも楽しかった。
とにかく楽しかった。
ケルベロスは臭いってだけで爆笑だったもんなあ。
いや、違う。屍喰い犬だ。
うん、夢だな。夢。ケルベロスなんて言うわけないもん。
まずい。口が覚えてる。ケルベロスって口の動きすんごい覚えてる。
完全に自分からケルベロスって言ってる。
もう終わりだ。
コンコン、とノックの音が聞こえた。
「はい、起きてます。昨日は大変申し訳……」
「昨日は楽しかったですねー!」
言いながら、マルコが入ってくる。
まあ、楽しいのは本当だし、感謝だな。
「……楽しかった。世話になっちゃって悪かったな。また村に来てくれよ。今度は俺がごちそうするからさ」
「何言ってるんですか、ネモさん。これから一緒に旅するのに!」
「え?」
「え?」
俺とマルコは、しばらく見つめ合った。
「昨日約束したじゃないですか。一緒に世界を見るって。父とも話して、旅費もいただいていますよ?」
これか。
朝から枕元に不自然に置いてあった、この大量の革袋。
ネモ。
これを返せばまだ大丈夫だ。
昨日は酔ってて覚えてませんって言えば、まだ引き返せる。
「金貨で千枚くらいありますから、とりあえず良い馬車でも買いますか?」
「よしマルコ、今日中に出発だ。挨拶は済ませてこい」
そういえば、命の恩人を手ぶらで旅に出したら、信用に関わるとかなんとか言っていた記憶が、うっすらある。
さすが大商会。
こんなの断る理由がない。
「はい!」
マルコは嬉しそうに頷いた。
そして、扉の前で振り返る。
「ネモさん、黒龍に乗せてくれるって約束、絶対叶えてくださいね」
え?
何それ。
黒龍?
何言ってんのこいつ。




