波乗りネモ
俺は乗った。
盛大に乗った。
調子という名のビッグウェーブに。
もはや、あれ? 俺って本当に勇者なんじゃね? とすら思っていた。
そりゃそうよ。
あのあと、商人を連れて村に帰ったら、「勇者様、勇者様」ってすんごい感謝してくるんだもん。
ちなみにあいつはマルコって名前で、結構良いとこのおぼっちゃんらしい。
雰囲気に飲まれて、村の人たちまで、
「え? ネモが勇者って言われてるんだけど?」
みたいな空気になっちゃって。
村長は「お前はよくやった」とか褒めてくるし。
ちびっ子たちは「ゆうしゃさま」って呼んでくるし。
母ちゃんは「息子が立派になって」とか泣いてるし。
そしたらまあ、乗るわな。
乗りまくるわな。
そんなこんなで、しばらくいい気になっていた時だった。
マルコが気まずそうな顔で、こちらを見てきた。
「あのー……そろそろ、商会の方に帰らないと……」
「!!」
忘れてた。
王都行かなきゃだった。
というか、転生してたことすら忘れかけてたわ。
ゲームでは、マルコは早々に紹介状をくれて先に帰っていく。
だが今回は、俺が引き留めた。
俺の華麗なる戦いが未来永劫伝わるように、語り部として育て上げていたからだ。
すまんマルコ。
本当にすまん。
ただ、そのかいあって、マルコは完全に仕上がった。
聖なる矢が輝くシーンの臨場感なんて鳥肌ものだ。
ただの松脂だけどな。
「それで、ネモ様」
「勇者」
「……勇者様。もしよろしければ、一緒に王都へ行きませんか? 命の恩人を父にも紹介したいので」
紹介状だけもらって一人で王都へ行くつもりだったが、マルコと一緒なら、もれなく馬車付きだ。
断る理由がない。
「うむ。頼む」
俺はできるだけ勇者っぽく頷いた。
*
王都へ向かう街道は、ゲームでは一瞬だった。
エルムの村を出て、下へ進む。
途中に小さな橋。
さらに進めば王都。
シンプルである。
現実は違った。
道はガタガタだし、馬車は揺れる。
魔物が出てきても音楽は流れない。
「ネモ……勇者様、街道の魔物はどうしましょう?」
マルコが少し不安そうに言った。
前方の草むらが揺れている。
出る。
間違いなく出る。
ほら、出た。
街道狼。
またイヌ科。
「大丈夫だ。心配するな。勇者だぞ?」
俺は馬車から降り、弓を構えた。
街道狼が飛び出してくる。
屍喰い犬で学んだことがある。
現実の魔物は、想像より速い。
だから悩まない。
即撃つ。
矢が額を射抜いた。
「うわ、当たった」
思わず声が出た。
狩人見習いすげえ。
「勇者様!?」
「いや、違う。今のは魔物の気持ちだ」
自分でも何を言っているのか分からない。
だが、いける。
これならやれる。
なんだか、体の奥が少し熱い。
初恋を思い出す。
あれは小学校二年の時。
……違う。
今は村田の母ちゃんは関係ない。
あと、すまん。村田。
多分あれだ。
経験値が入った……気がする。
もちろん、目の前に数字が出たりはしない。
SEも鳴らない。
だが、さっきより呼吸が整うのが早い。
弓を握る手の震えも少ない。
たぶん、上がっている。
レベル。
あるのかどうか分からないけど。
「やはり勇者様は、魔物の動きが見えているんですね」
マルコが呟いた。
「見えてるんじゃない。見るんだ。心の目で」
乗った。
即座に乗った。
*
橋を越えたところで、俺は馬車を止めた。
「マルコ、少し森に寄る」
「トイレですか?」
「違う。回収するものがある。あとお前、俺のこと軽くバカにしてるだろ」
ゲームでは、ここに隠し宝箱がある。
橋を渡ってすぐ右。
大きな倒木の裏。
ここで決定ボタンを押すと、宝箱が見つかる。
画面では木の影に完全に隠れていて、普通にプレイしていたらまず気づかない。
だが、俺は知っている。
なぜなら三千時間やっているから。
倒木の裏へ回り込む。
決定ボタンを……。
まずい。
決定ボタンがない。
……よし。殴るか。
俺は殴った。
一心不乱に倒木を殴った。
マルコが怯えた目で俺を見ている。
「出た!! ほら見ろ、あった! マルコ、あった! 見ろ!」
苔むした石箱。
現実で見ると、思ったより汚ねえな。
「なんですかこれ……?」
マルコが驚いている。
俺は石箱の蓋を開けた。
中には、一本の短弓が収まっていた。
黒い木材。
銀色の弦。
握った瞬間、手のひらにぴたりと馴染む。
風切りの弓。
序盤で入手できるくせに、中盤まで普通に使える隠し武器。
命中補正が高いし、クリティカル率も高い。
これを取ると序盤は作業ゲーになるとまで言われていた名品である。
俺は弦を引いた。
軽っ。
俺の弓とは比べものにならない。
「勇者様、それは……?」
「勇者の弓だ」
「勇者の……弓? 剣とかじゃないんですか?」
「最近は勇者も多様性が求められている」
*
風切りの弓を手に入れてからの道中は、かなり快適だった。
レベルが上がる。
装備が強くなる。
戦闘が楽になる。
これこれ。
この流れ。
俺がやりたかったのはこれだよ。
ウサギを狩ってシチューにする生活も悪くはない。
だが、やはりこっちだ。
気持ち良い。
このままでは気持ち良すぎて脳がやばい。
「よだれ垂らしてるところ申し訳ないんですが、王都が見えてきました」
マルコが俺を現実に引き戻す。
前方に王都の外壁が見えた。
デカい。
とにかくデカい。
圧巻の一言だった。
門の前には荷馬車の列。
兵士たちの声。
馬のいななき。
人の匂い。
焼いた肉の匂い。
王都。
これが王都か。
『テルミナス戦記』、序盤最大の拠点。
限定クエスト。
商会イベント。
隠し宝箱。
裏路地の金策。
仲間候補との初接触。
全ては、ここから始まる。
「来たな」
「はい」
マルコが隣で胸を張った。
「ようこそ王都へ」
俺は風切りの弓を背負い直し、王都の門を見上げた。
勇者ネモ、堂々の王都入りである。
まあ自称だけど。
「では、うちの商会にご案内します」
大通りを少し歩くと、ご立派な建物が見えてきた。
こいつ、マジでおぼっちゃんじゃねえか。
「こちらです。さあ、入りましょう」
扉を開けると、中は大勢の人でにぎわっていた。
一人の従業員がこちらを見て叫ぶ。
「マルコ様!!」
その声に反応して、奥から恰幅の良い男が走ってきた。
「マルコ!! 無事だったのか! 心配で心配で……!」
どうやら父親っぽいな。
「ご心配をおかけしました。危なく命を落とすところでしたが、こちらのネモ……勇者様が助けてくださいました!」
マルコが胸に手を当て、ゆっくりと息を吸う。
「薄暗い洞窟の奥で、私は残りの人生を数えておりました。すると、そこに光り輝く少年が……」
まずい。
こいつ、仕上がり過ぎてやがる。




