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愛してる、だから、さようなら~竜の愛し子の私は、最愛の王太子を救うため悪役令嬢を演じ続けた~  作者: 硝子細工の森


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泥に塗れたドレス

 それは暖かい陽光が王立学園の庭園を眩しく照らしていた午後のことだった。


 学園のテラスでは、リリアーヌがアルフレートの手を借り、穏やかなティータイムを楽しんでいた。

 彼女が身に纏っていたのは、神殿から贈られたばかりの純白のドレス。清廉な彼女の象徴とも言えるその衣装に、セレスティーヌはあえて、冷酷な嘲笑を浮かべて近づいた。


「あら……。リリアーヌ様。そのドレス、裾が泥で汚れていましてよ? 聖女ともあろうお方が、なんとも見苦しい」


 セレスティーヌは、持っていた紅茶をわざとらしくリリアーヌの足元へこぼした。飛び散った褐色の液体が、白銀の刺繍に無残なシミを作る。


「あっ……!すいません、セレスティーヌ様。私の不注意で……」


「黙りなさいな。なんて目障りで見苦しい。そんな安物の汚れたドレスなど、今すぐ脱ぎ捨てなさい」


 アルフレートが激昂し、リリアーヌを庇うように立ち上がる。


「セレスティーヌ、いい加減にしろ!リリアーヌは何も悪くない。君がわざとやったのは明白だ!それにこんな所でドレスを脱げだなどと、ありえない」


 彼の軽蔑の眼差しが、セレスティーヌの心臓を鋭く抉る。しかし、彼女は怯まなかった。むしろ、より一層傲慢に、吐き捨てるように言い放った。


「言い訳など聞きとうありません。殿下、彼女の過失によって私の気分は害されました。今すぐその忌々しいドレスを脱ぎ捨てて。さもなくば、ムーン公爵家の名において、神殿への寄付をすべて打ち切らせていただきますわ」


 侍女に命じアルフレートには着替えが見えぬように最低限の気配りだけはした。柱の影で無理やり脱がさせ、シンプルな替わりのドレスに着替えさせる。

 震えるリリアーヌを連れ、アルフレートは去っていった。

 セレスティーヌはその場に一人残された。

 彼女の足元には、強引に脱ぎ捨てさせたリリアーヌのドレスが惨めに転がっている。


 二人が消えたことを確認すると、セレスティーヌは震える手で、そのドレスの裏地を指でなぞった。

 胸元の、心臓に最も近い位置。精巧な刺繍の影に隠されていた毒の陰。


(……やはり、あったわ)


 それは、隣国の暗殺組織が用いる魔力吸着の毒。


 触れるだけでは死に至らない。だが、身に纏い、体温が上昇するにつれて毒が気化し、聖女の持つ浄化の魔力を汚染し、ゆっくりと内側から内臓を腐らせていく呪いの毒。


 リリアーヌがこれを長い間着ていれば、彼女はいずれ息絶えていたはずだ。

 セレスティーヌは、自身の月の加護によって視覚化した魔力の残滓を見つめる。

 聖女を狙う勢力が、神殿内部にまで入り込んでいる。その証拠を公にすれば、神殿との政治的紛争は避けられず、アルフレートの立場を危うくするだろう。


(私が「嫉妬に狂った悪女」として、無理やり捨てさせたことにすればいい。そうすれば、誰も死なず、誰も疑われない)


「汚れるのは、私の手だけで十分ですわ」


 そう呟いた彼女の指先は、毒に触れ、微かに黒ずんでいた。

 激痛が走るが、彼女はそれを愛おしい痛みとして受け入れる。

 アルフレートが自分を憎めば憎むほど、彼は安全になる。



 セレスティーヌは静かに、誰にも聞こえない声で哀しそうに笑った。


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