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愛してる、だから、さようなら~竜の愛し子の私は、最愛の王太子を救うため悪役令嬢を演じ続けた~  作者: 硝子細工の森


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祈りと誓い

 王立学園の最上階。限られた高位貴族のみが立ち入りを許された月の礼拝堂でのことだった。


 セレスティーヌは祭壇の前で祈るふりをしながら、自らの掌を見つめていた。肌には、浮かび上がっては消える銀色の鱗の紋様。

 それは竜の愛し子としての覚醒が、刻一刻と肉体を侵食している証。


「……また、一人で背負い込むおつもりですか」


 背後から聞こえたのは、平民出身の聖女リリアーヌの声だった。


 学園では、セレスティーヌが彼女の教科書を聖霊の力で凍らせたり、取り巻きの前で出自を嘲るなどの“悪役令嬢”としての振る舞いが日常のように繰り返されている。


「リリアーヌ様……。入るなと申し上げたはずです」


 だがリリアーヌは制止を無視し、歩み寄ると、震えるその手を強引に両手で包み込んだ。


 瞬間、聖女の聖なる力と、竜の魔力がぶつかり合い、空気が弾けるように火花を散らす。白い指先はみるみるうちに赤黒く焼け爛れていった。


「おやめなさい! 手が――!」


「いいえ、離しません」


 リリアーヌは静かに言う。


「……セレスティーヌ様。知っています。あなたが私をいじめた後、必ず陰で吐血されていることも」


 セレスティーヌの息が止まる。


「それに、私のせいにして捨てさせたドレス。あれには、私を狙った暗殺者の毒が仕込まれていたのでしょう?」


 ――見抜かれている。


 すべては、彼女を“被害者”としてアルフレートに守らせるための布石だった。


 悪役を演じれば演じるほど、視線は「悪女セレスティーヌ」に集まり、リリアーヌへの悪意は逸れていく。そのための偽装。


「……余計な知恵をつけましたね。平民の分際で、公爵令嬢の深慮を測ろうなんて」


「では、公爵令嬢としてではなく、一人の女性としてお聞きします」


 リリアーヌはまっすぐに見つめた。


「アルフレート殿下に、本当のことをお伝えにならないのですか。彼なら、あなたのために命を賭けるでしょう」


「言えるはずがないでしょう!」


 叫びが礼拝堂に響いた。


 その背後に、一瞬だけ禍々しい竜の影が揺らぐ。


「私の覚醒を止める方法はありませんわ。最後には最も愛する者の魂を喰らうのです」


 声が震える。


「愛すれば愛する程、私は殿下を喰らおうとしてしまいますの。愛しているから近づけない、話してはいけない。救いなどいりませんわ。私は、嫌われ、憎まれなければなりませんの」


 涙が頬を伝った。


 高慢な令嬢の仮面は剥がれ落ち、そこにあったのは――恋人の腕の中で死ぬことすら許されない少女の絶望だった。


「この地獄が、あなたに分かるのですか……!」


「ならば、私も悪になりますわ」


 リリアーヌは微笑んだ。


 焼け爛れた手で、そっとセレスティーヌの頬を包む。


「私が殿下を奪います。あなたが殿下を殺さぬように」


「……リリアーヌ?」


「彼のそばにいて、彼にあなたを憎ませる。完全に諦めるまで、私は“殿下をたぶらかす泥棒猫”になります」


 それは静かな決意だった。


「そうすれば、あなたは独りで果てられるでしょう?」


「……あなた、何を――」


「これは私たちの秘密の約束です」


 リリアーヌは穏やかに言う。


「あなたは世界を敵に回して殿下を守り、私は殿下を騙して、あなたの心を守る」


 二人の少女は、月光の差す礼拝堂で額を寄せた。


 一人は竜として光を失い、一人は聖女として泥に沈む。


 その誓約は、アルフレートには決して届かない。


 美しく、そしてあまりにも哀しい秘密だった。


 その夜から、セレスティーヌのいじめは一層苛烈になり、リリアーヌのアルフレートへの態度もまた、あからさまなものへと変わっていった。


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