アルフレートの不安
アルフレートside
王立学園内の執務室。
アルフレートは、書類の確認を終えたところでふと筆を止めた。
胸の奥が、理由のない不安でざわついていた。
「……また、か」
最近ずっとそうだ。
セレスティーヌがリリアーヌに辛辣な態度を取る場面を見かけるたびに、彼女の笑みは以前よりも完璧になっていく。まるで、壊れないために無理やり固められた仮面のように。
一方でリリアーヌは、どこか迷いのない目でセレスティーヌを見ている。
噛み合っていない。
敵意と慈悲が、同じ方向を向いているような奇妙な歪さ。
「……何を考えているんだ、二人とも」
思わず、声が漏れた。
セレスティーヌは“悪女”として振る舞いすぎている。リリアーヌは“聖女”として受け止めすぎている。そんな違和感。
どちらも本心ではないように見える、それが彼の判断を鈍らせていた。
「……俺は、何を見落としている」
その時だった。
遠く、礼拝堂のある最上階を見上げる。
一瞬だけ、空気が揺れたような気がした。
聖なる力と、禍々しい何かがぶつかるような、異様な圧。
「……まさか」
足が自然と動きかける。
しかしその瞬間、廊下の向こうで男達の笑い声が響いた。
「またセレスティーヌ嬢が聖女を虐めているらしいぞ」
「公爵令嬢とはいえ、あれは度が過ぎているな」
その言葉に、アルフレートの足は止まる。
周囲の事実は、いつも明快だ。
悪役令嬢セレスティーヌ。
平民出身の聖女リリアーヌ。
そして、聖女を庇う王太子。
(俺が揺らぐ必要はないはずだ。悪いのはセレスティーヌのはずだ)
そう思うのに、もどかしい何かが胸を苦しめ離れない。
彼女は必死に何かを隠しているような。
救いを拒みながら、誰かを守ろうとしているような。思い違いとは考えたくない何か。
変わってしまった事こそが偽りだと思いたかった。
「……セレスティーヌ」
誰にも届かない声で、その名を呼んだ。
彼は知らない。
月の礼拝堂で交わされた誓約を。
一人は竜として愛を拒み
一人は聖女として罪を引き受けたことを。
そして――そのどちらも、自分を守るために壊れていっていることを。




