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愛してる、だから、さようなら~竜の愛し子の私は、最愛の王太子を救うため悪役令嬢を演じ続けた~  作者: 硝子細工の森


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夜の聖霊達

 その夜。


 公爵邸の私室。窓から差し込む月光が、床に複雑な文様を描き出していた。


 セレスティーヌが一人、窓辺で月を見上げていると、空気の中からぽつり、ぽつりと、淡い光の粒子が浮かび上がる。

 彼女の周囲を飛び回るのは、月の魔力に惹かれて集まってきた小さな聖霊たち。


 セレスティーヌは、アルフレートから贈られた思い出の品々を整理していた。


 初めての夜会で贈られた髪飾り


 共に狩猟祭へ行った際の護身用ナイフ


 誕生日に貰った銀のネックレス


 彼の瞳の色の宝石


 そして誓いの指輪



「さあ、お食べなさい」


 彼女が命じると、聖霊が揺らめき、宝飾品を包み込んだ。聖霊は物に宿った人の思いそのものを食らう。

 思いが深く篭っているもの程、聖霊に力を与える。

 金細工が溶け、宝石が弾ける音が小さく響く。

 それは、彼女のこれまでの人生が喪われていく音そのものだった。

 聖霊たちは、主人の思いの篭っているそれらを食らい力を増していく。


「セレス、セレス。今日はあの子に、また酷いことを言ったの?」

 火の聖霊が、チリチリと小さな音を立てながら彼女の肩に止まる。彼らにとって、セレスティーヌが演じる「悪女」は、悲しい演劇のように見えていました。


「ええ、言ったわよ。リリアーヌ様の育てた花を踏み躙って、『跪くように』ってね」

 セレスティーヌは自嘲気味に微笑み、銀の匙で紅茶を混ぜる。

 すると、水の聖霊が匙の先に飛び乗り、紅茶を真珠のような粒に変えて遊び始める。


「でも、本当は土の中に眠っていた竜の呪毒を、自分の魔力で浄化してあげたんでしょ? おかげでセレスの手、少し痺れてるじゃない」


「……お喋りね。あなたたちは、黙って私の魔力を食べていればいいの」


 セレスティーヌがため息をつくと、背中から白銀の光が漏れ出し、部屋中に広がりました。月の加護が強まる夜、彼女の肉体を蝕む痛みは増していく。

 それを見た風の聖霊たちが、彼女の痛みを和らげるように、カーテンを優しく揺らして歌を奏で始めました。


「ねえ、セレス。アルフレートはとっても怒っていたわ。悲しくないの?」


「悲しいわよ。……でも、あの方が私を嫌い、憎むほど、私がいなくなった時のあの方の傷は浅くなる。私はね、彼の中に美しい私の記憶なんて、一つも残したくないの。……」


 聖霊たちは、主人のあまりに不器用な愛に、小さなため息を吐くように光を明滅させた。


 一匹の小さな光の聖霊が、セレスティーヌの頬を伝った一筋の涙を、空中で受け止めた。

 その涙は月の加護を受け、一瞬で透明な翼のような形をした小さな結晶へと変わる。


「これ、取っておくね。いつか、あの王子様が本当のことを知る日のために」


「痛い……痛いわ……」

 突如、背中を焼くような激痛が走る。

 皮膚の下で銀色の鱗が脈打ち、芽吹こうとしている。


(愛しています、アルフレート様。だから、どうか、私を、心の底から嫌って)


 闇の中で、彼女の瞳が銀色に瞬き、また一筋の涙が頬を伝う。


 セレスティーヌはソファに深く身を沈め、窓の外に広がるの夜空を見上げた。


 聖霊たちは彼女を包み込むように円を描いて踊り、彼女が束の間の眠りに落ちるまで、優しい、けれどどこか悲しい調べを歌い続けた。



 おやすみなさい、愛しい優しい悪女様。


 あなたの嘘が、いつか夜明けの光に溶けますように。



 聖霊たちの囁きは、月の雫と共に、静かな夜の中へと溶けていった。


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