哀しい命と共犯の誓い
学園の片隅、リリアーヌが毎日慈しむように育てていた花壇は、その日、無残な光景へと変わり果てていた。
そこに植えられていたのは、数年に一度しか開花しない、瘴気を浄化する力を持つ貴重な薬草達。
いつか殿下や皆さんの役に立ちたいと、リリアーヌが育ててきた希望の象徴だった。
しかし、その可憐な茎は無残に折られ、白く清らかな花弁は、まるで悪意を叩きつけたかのように土の中に埋もれている。
「……そんな、どうして……。あんなに元気に咲き始めていたのに……」
リリアーヌは花壇の前に崩れ落ちた。
溢れ出す涙が溢れ落ち、彼女の震える手は、折れた薬草の茎を拾い上げることしかできない。
彼女には心当たりがなかった。なぜ、こんな事をされなければならないのか。
「……何をしているのです、リリアーヌ様」
背後から突き刺さるような冷たい声がした。
リリアーヌが驚いて振り返ると、そこには輝く銀髪を揺らし、扇を片手にしたセレスティーヌが立っていた。
「あ……セレスティーヌ様、これは……」
「言い訳など聞きとうございません。平民上がりの聖女様は、地面に這いつくばって。花の愛で方もご存じないのね」
セレスティーヌは取り巻きの令嬢たちが見守る中、リリアーヌの正面に立つと見下ろした。
周囲からはクスクスと、蔑むような笑い声が漏れる。
「そんなにが土が好きならば、膝まづき這いつくばりなさい?」
冷酷な言葉と共に、セレスティーヌは聖霊の力を使い、リリアーヌの足元に冷たい水を撒いた。
リリアーヌはバランスを崩し、泥の中に手をついてしまう。
「ひどい……」
野次馬たちが満足して去って行くと、セレスティーヌもまた、踵を返して去ろうとした。
――だが、誰もいなくなったのを確認した瞬間、彼女は立ち止まった。
(……泣かないで、リリアーヌ様。この薬草には、竜の目覚めに呼応した、地脈の毒が溜まり始めていたの。
このまま育てれば、あなたは浄化の時に、その毒で死んでいたでしょう……)
セレスティーヌが薬草を荒らしたのは、土壌に染み出した目に見えぬ呪いを、自身の月の魔力で相殺し、地ごと浄化するためだった。
「……リリアーヌ様。立ちなさい。誰も見ていないわ」
その声には、先ほどまでの刺々しさは微塵もなかった。
セレスティーヌはリリアーヌに背を向けたまま、自身の絹のハンカチを落とした。
「そのハンカチを使いなさい。泥に含まれる瘴気を浄化する術を、あそこに置いてきた本に記しておきました。……それから、それを飲みなさい」
リリアーヌが驚いて顔を上げると、目の前に小瓶が一つある。中身は、セレスティーヌが自らの月の加護を込めて作った、強力な魔力回復薬が入っている。
「……セレスティーヌ様。どうして、私をいじめるふりをして、いつも助けてくださるのですか?」
リリアーヌは気付いた。
セレスティーヌがわざと踏みにじった花は、実は強力な呪いを吸い込んだ魔草になりかけていた。
リリアーヌが知らずに触れて呪われないよう、彼女が先んじて踏みにじっていたのだということを。
「勘違いしないでちょうだい。聖女が無様に倒れて、アルフレート様に影響が出るのが煩わしいだけですわ」
セレスティーヌは振り返らずに、震える声で続けた。
「いい、リリアーヌ様。この国を、殿下を……これから守れるのは、私ではない。月の加護を持たない、けれど温かな光を持つあなただけなの」
「……セレスティーヌ様、あなたはまさか」
「次に会う時は、もっと酷いいじめをしますわ。……殿下の前で、私を軽蔑しなさい。私を、救いようのない悪女だと思い込みなさい。それが、私からあなたへの命令よ」
セレスティーヌは、込み上げる涙を隠すように、強く扇を開いた。
リリアーヌはその背中が、まるで今にも消えてしまいそうなほど細く、震えているのを見た。
「……畏まりました。私は、あなたの望む通りの聖女になります」
リリアーヌは、ハンカチを握りしめ、去り行く背中に向かって、誰にも聞こえない声でそう誓った。
これが、二人の少女の悲しい共犯関係の始まりだった。




