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第5話:1号袋と2号袋、そしてゴミ屋敷の救世主

パン屋の店頭での「試飲&クロスセル作戦」が爆発的な成果を上げると、すぐに俺一人では仕込みが追いつかなくなった。


連日、大鍋にかかりきりになり、睡眠時間は削られ、骨を砕く手はマメだらけ。嬉しい悲鳴だが、このままでは身体が持たない。


「よし、人を雇おう」


俺は街の井戸端で暇を持て余していた、愛嬌のあるパートのおばちゃん二人を雇い入れた。


だが、ただ作業を任せるわけにはいかない。ノウハウの流出防止徹底だ。

おばちゃんたちに任せるのは、肉屋から運んだ骨の洗浄、灰汁(アルカリ液)の抽出、そしてカチカチに固まった骨を木槌で叩き潰す労働と、型から外した石鹸のカット・研磨作業。いわゆる「単純労働と力仕事」に絞った。


そして、旨味の決め手となるハーブと塩の調合(コンソメ用)や、石鹸を一瞬で固める塩析の工程(石鹸用)は、すべて俺が一人で握った。


あらかじめ自宅で配合しておいた『1号袋(ハーブ塩パック)』と『2号袋(魔法の塩)』を作り、「鍋が沸騰したら1号袋を放り込む」「とろみがついたら2号袋を入れて10回混ぜる」とだけ指示を出した。


「お兄さん、この2号袋を入れると、なんで泥みたいな脂が一瞬で真っ白な石鹸に分かれるのかしら?」

「うちの家系に伝わる特別な『おまじないの薬』だからね。企業秘密だよ」


おばちゃんたちは「魔法みたいだねぇ」と納得し、文句も言わずに手際よく作業をこなしてくれた。


さらに、このおばちゃんたちが強力な「営業部隊」兼「情報源」になった。

おばちゃんたちの口コミで噂が広がり、俺は一般主婦向けのB2Cだけでなく、街の大衆食堂や居酒屋への「B2B(業者向け卸し)」を開始した。


「親父さん、このコンソメキューブを仕込みに使えば、毎朝の出汁取りにかかる薪代と人件費が半分以下になるよ。味も一切ブレない」

「な、なんだと……!? うおっ、本当に一瞬で極上スープができる! こりゃあ良いや、毎月まとめて卸してくれ!」


食堂の親方たちは大喜びで大容量パックを契約してくれた。これで毎月決まった額が入る安定したB2Bの収入ラインが確立した。


生産量が跳ね上がり、3カ月でギルドからの初期融資(石鹸1個を担保に借りた金)をあっさり完済した。


ギルドの受付職員は「こんなに早く返せるとは……」と目を見張っていたが、俺は完済したその場で、さらなる「大型の追加融資」の手続きを申し出た。


「返済実績ができましたから、今度はもっと大きな枠で借りられますよね? 返済期間は一番長いプランでお願いします」


職員は首をかしげた。

「え? もう十分儲かっているでしょう? なぜわざわざ利息を払ってまで、ゆっくり返済するのですか?」


「手元にいつでも動かせる現金を多く残しておきたいんです。原料の一括仕入れや、新しい道具の購入にすぐ動けるようにね」


現代経営の鉄則——低金利で借りられる金は借りておき、手元のキャッシュ(運転資金)を分厚くしておく。低金利のギルド資金をプールしておくことで、仕入れ値の高騰や不慮の事故にも耐えられる磐石の財務体制を作り上げた。


浮いた手元資金を使い、作業所でのついで買いを狙って「特製のハーブ香水」や「乾燥ハーブのポプリ」など、取り扱い商品も少しずつ増やしていった。


事業が軌道に乗ったことで、俺はついに安宿を払い引き、作業所から徒歩3分の場所にある「小さな借家」を借りた。


これで毎晩、自分の部屋で誰にも見られずに『1号袋・2号袋』の調合ができる。


だが——ここで一つ、重大な問題が発生した。


プロの厨房では完璧な衛生管理と手際を見せる俺だったが、「自分の私生活の家事」に関しては母親に頼りっきりだったこともあり壊滅的にズボラだったのだ。


服は脱ぎっぱなし、洗った食器は積み上がり、部屋の隅には調合用のハーブの袋が散乱している。


ある日の夕方、今日の売上金と帳簿を持ってきたパン屋の娘が、新居のドアを開けた瞬間に絶句した。


「……ちょっと、リクさん。引っ越してまだ一週間よね? なんで泥棒が入ったみたいになってるの!?」

「いや……仕込みと調合で忙しくて、片付ける暇がなくてさ……」


娘は深々とため息をつくと、腕まくりをしてズカズカと部屋に上がり込んできた。


「ハァ……厨房であんなに綺麗好きなのに、自分の部屋はこれかい! ほら、そこどいて! 私が片付けるから!」


脱ぎ散らかされた服をテキパキと畳み、皿を洗い、散らばった羊皮紙を綺麗に整えていく娘。


「たくもう……私が毎日チェックしに来てあげないと、この部屋、一ヶ月でゴミ屋敷になるわね」

「あはは……かたじけない」


「笑い事じゃないわよ! ……しょうがないから、これからは夕飯の残りのパンを持って、毎日お世話に来てあげるわ。感謝しなさいよね!」


頬を少し赤くしながらプンプン怒る娘。

こうして、作業所の近くに借りた俺の小さな家は、あっという間にパン屋の娘が毎日通いつめる「通い妻状態」へと変化していったのだった。

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