第三話|選ぶということ
夜は、静かに更けていく。
会談の場も、ひと区切りを迎えていた。
「……本日の議題は以上となります」
控えめな声が、場を締める。
椅子が、わずかに引かれる音。
抑えられた動きの連なり。
だが——
誰も、すぐには立ち上がらない。
「……」
空気が、残る。
言葉にされない何かが。
そのまま、漂っている。
「……陛下」
一人の男が、ゆっくりと口を開く。
西方の使節。
年齢は高くない。
だが、その視線は鋭い。
「一点、確認させていただきたい」
礼は尽くしている。
声音も、穏やかだ。
それでも——
場の空気が、わずかに張る。
「何だ」
レオニスの声。
短く、促す。
「今回の通商に関わる決定について」
ゆっくりと、言葉を選ぶ。
「最終的な判断は、陛下お一人によるものと理解しております」
当然の確認。
否定の余地はない。
「だが」
わずかな間。
視線が、セレスティナへと向く。
「今後、そのご判断に、婚約者殿が関与される可能性は」
言葉は丁寧だ。
だが、その意図は明確だった。
「……」
場が、静まる。
誰も動かない。
視線だけが、集まる。
「……」
セレスティナは、息を吸う。
これは、避けて通れない問いだ。
個人の感情ではない。
立場の問題。
責任の話。
「……」
言葉を探す。
ではなく——
言葉を、選ぶ。
「……現時点において」
静かに、落とす。
視線は逸らさない。
「最終的なご判断は、陛下にございます」
当然の前提。
崩さない。
「……」
一拍。
それから。
「ただ」
続ける。
「その過程において、意見を求められるのであれば」
ほんのわずかに。
間を置く。
「私の考えは、隠さずお伝えいたします」
はっきりと。
言い切る。
飾らない言葉で。
「……」
沈黙が、落ちる。
それは、重いものではない。
受け止めるための間。
「……なるほど」
使節が、ゆっくりと頷く。
「差し出がましいことを」
軽く、頭を下げる。
それで終わる。
深追いはしない。
「……」
空気が、ほどける。
張り詰めていたものが、静かに戻る。
「……」
セレスティナは、わずかに息を吐く。
大きくではない。
ほんの少しだけ。
それで十分だった。
「……」
隣に、気配。
視線を向ける。
レオニスが、こちらを見ている。
何も言わない。
ただ——
わずかに、視線が細まる。
「……」
その意味を、理解する。
言葉にする必要はない。
「……」
やがて、立ち上がる気配。
会談は、終わる。
椅子が引かれ、
人が動き出す。
「……」
セレスティナも、立ち上がる。
そのまま、隣に並ぶ。
自然に。
何も言わずに。
「……行くぞ」
レオニスの声。
短く。
「……はい」
応じる。
そのまま、歩き出す。
廊下へと続く扉を抜ける。
人の気配が遠ざかる。
静けさが、戻る。
「……」
しばらく、言葉はない。
足音だけが、響く。
「……」
やがて。
レオニスが、足を止める。
振り向く。
視線が、重なる。
「……どうした」
低く、問われる。
「……いいえ」
首を振る。
「問題はありません」
静かに、続ける。
「……そうか」
短く、返る。
それだけ。
それだけなのに。
「……」
セレスティナは、わずかに息を吐く。
それから。
ほんの少しだけ。
言葉を選ぶ。
「……先ほどの問いですが」
視線を上げる。
逸らさない。
「私は、隣にいる以上」
静かに、落とす。
「何も知らないままでいるつもりはありません」
はっきりと。
言い切る。
「……」
沈黙。
だが——
重くはない。
「……当然だ」
レオニスが、低く返す。
否定しない。
迷いもない。
「……なら」
ほんのわずかに。
距離が、詰まる。
「共に決めていきましょう」
小さく。
だが、確かに。
選んで、落とす。
「……」
一拍。
それから。
「……ああ」
短く。
それだけで、十分だった。
「……」
指先に、触れる感覚。
ほんの一瞬。
確かめるように。
「……」
セレスティナは、わずかに息を整える。
迷いは、ない。
そのまま。
前を向く。
「……行きましょう」
静かに、告げる。
レオニスは、頷く。
二人は、並ぶ。
自然に。
そのまま。
同じ歩幅で。
歩き出す。
選ぶということ。
それは——
一人で決めることではない。
同じ方向を見て。
同じものを背負うこと。
そのまま。
並び立つ者として。
前へと進んでいく。




