第二話|並び立つということ
広間は、昨日とは違う空気に包まれていた。
音楽はない。
代わりにあるのは、抑えられた声と、整えられた気配。
長い卓。
向かい合う席。
各国の使節が、すでに着席している。
「……」
セレスティナは、足を止めない。
視線は、向けられている。
だが——
ざわめきは、起きない。
ただ、見られている。
それだけだ。
「こちらへ」
案内の声。
卓の上座へと導かれる。
隣には、レオニス。
椅子が、静かに引かれる。
「……」
一拍。
ほんのわずかな間。
それでも。
座ることに、迷いはない。
そのまま、腰を下ろす。
動きは、乱れない。
「……」
視線が、集まる。
測るように。
確かめるように。
だが——
それ以上は、踏み込まれない。
「……始める」
レオニスの声。
低く、短く。
それだけで、場が整う。
「本日は、今後の通商と往来について確認する」
言葉が、続く。
簡潔に。
無駄なく。
その流れの中で——
視線が、こちらへ向く。
一人。
東方の使節。
年嵩の男。
静かな目。
「……ラディア公爵令嬢」
穏やかな声で、呼ばれる。
「今回の件について、一言伺ってもよろしいか」
問いは、柔らかい。
だが。
逃げ場は、ない。
「……」
セレスティナは、息を吸う。
慌てない。
視線を外さない。
「……何についてでしょう」
静かに、返す。
「陛下の隣に立たれるにあたり」
わずかに、言葉を選ぶ。
「貴女自身が、どのように関わっていかれるおつもりか」
直接ではない。
だが、明確な問い。
場の空気が、わずかに張る。
「……」
セレスティナは、ほんの一瞬だけ目を伏せる。
考えていないわけではない。
だが——
言葉にするのは、初めてだ。
「……」
顔を上げる。
視線は、揺れない。
「陛下のご判断に従うだけでは、不十分だと考えております」
静かに、落とす。
飾らない言葉で。
「……」
わずかなざわめき。
すぐに、消える。
「……未熟ではございますが」
続ける。
声は、落ち着いている。
「必要とされる役割については、自ら学び、果たしていく所存です」
はっきりと。
言い切る。
それ以上は、足さない。
「……」
沈黙。
測るものではない。
受け止めるもの。
「……そうか」
使節が、わずかに頷く。
それで終わる。
深追いはしない。
「……」
視線が、離れる。
他の者たちも、続かない。
場が、戻る。
「……」
セレスティナは、息を整える。
大きくではない。
わずかに。
それで十分だった。
「……」
隣に、気配。
視線を向ける。
レオニスが、見ている。
何も言わない。
評価も、指示も。
ただ——
一度だけ。
わずかに、頷く。
「……」
それだけで。
胸の奥に、静かに何かが落ちる。
重くはない。
揺らがないものとして。
「……」
視線を戻す。
前へ。
もう、迷わない。
「……続ける」
レオニスの声。
会談は、進む。
言葉が交わされ。
条件が整えられ。
夜が、少しずつ深まっていく。
その中で。
「……」
セレスティナは、ただ座っているだけではない。
聞き。
理解し。
必要な場面では、言葉を選ぶ。
無理はしない。
だが、引かない。
「……」
視線が、再び向けられる。
今度は——
測るものではない。
確かめた上でのもの。
「……」
静かに、応じる。
過不足なく。
それだけで。
十分だった。
「……」
やがて。
会談が、ひと区切りつく。
空気が、緩む。
「……」
セレスティナは、わずかに息を吐く。
その瞬間。
指先に、触れる感覚。
ほんの一瞬。
確かめるように。
「……」
視線を向ける。
レオニスは、前を見たまま。
何も言わない。
それでも。
その一瞬で、伝わる。
「……」
わずかに、口元が緩む。
自覚はない。
それでも。
確かに。
「……」
背筋を伸ばす。
そのまま。
次へと向き直る。
並び立つということ。
それは——
隣にいるだけではない。
同じ場で。
同じ重さを、受けること。
そして。
それを、支え合うこと。
「……」
静かに、息を整える。
もう、迷わない。
そのまま。
前を向く。




