第八話|期待という名の重み
音楽が、続いている。
先ほどよりも軽やかな旋律。
それでも——
視線の重さは、変わらない。
「……」
セレスティナは、ゆっくりと息を整える。
重なったままの手。
離れていない距離。
それが意味するものを——
誰もが理解している。
「……お見事でした」
柔らかな声が、すぐ近くに落ちた。
一歩、控えめに距離を保ったまま立つ女性。
年嵩。
落ち着いた物腰。
整えられた笑み。
敵意はない。
——ように見える。
「初めてとは思えないほど、美しい舞でしたわ」
優雅に、言葉を重ねる。
「ありがとうございます」
セレスティナは、静かに返す。
崩さない。
乱さない。
「陛下の隣に立たれる方として、申し分ございませんね」
穏やかに続く。
その言葉に、否定はない。
ただ——
「今後が、楽しみでございますわ」
わずかな間。
視線が、わずかに細まる。
「各国の使節との応対も、すぐに慣れられるのでしょうね」
軽やかに、当然のように。
「常に注目を浴びるお立場ですもの」
重ねられる言葉。
やわらかく。
だが、確実に逃げ場を塞ぐように。
「……」
周囲の空気が、わずかに変わる。
同意するような気配。
見守るような視線。
誰も、否定しない。
それが“当然”だからだ。
「……」
セレスティナは、息を吸う。
逃げることは、できる。
曖昧に濁すことも。
笑って流すことも。
だが——
それでは、足りない。
「……未熟ではございますが」
静かに、落とす。
声は、揺れない。
「務めを果たす覚悟はございます」
はっきりと言い切る。
飾らない言葉。
それでも、十分だった。
「……」
一瞬、沈黙が落ちる。
それは、試すものではなく。
測るものでもなく。
——受け止めるための間。
「……頼もしいこと」
女性が、わずかに微笑む。
先ほどよりも、わずかに深く。
「安心いたしましたわ」
それ以上は、続けない。
踏み込まない。
優雅に一礼し、距離を取る。
それで終わる。
「……」
空気が、ほどける。
ざわめきが、戻る。
だが——
先ほどとは違う。
視線の質が、変わっている。
測るものではなく、認めるものへと。
「……」
セレスティナは、わずかに視線を落とす。
重なったままの手。
その温度を、確かめるように。
「……」
ほんのわずかに、力が入る。
意識して、今度は——
自分の意思で。
「……」
レオニスの指が、応える。
変わらず、強く、逃がさないように。
「……」
言葉はない。
だが、それで十分だった。
「……行くぞ」
低く、落ちる。
変わらない声音。
「……はい」
短く、応じる。
そのまま、歩き出す。
並んで、触れたまま。
距離を崩さずに。
「……」
視線が、背に刺さる。
それでも、もう揺れない。
——受けたから。
逃げずに、そのまま。
音楽の中へと戻っていく。




