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恋を必要としない令嬢に、皇帝の執着だけが通じない  作者: 絵宮 芳緒
第七章 隠さない想い

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第六話|触れた先、その先へ

静かな回廊。


高窓から差し込む月光が、石の床に淡く落ちている。


額に触れる温度。

重なったままの手。

逃げない距離。


「……」


言葉はない。

ただ、互いの呼吸だけが、わずかに触れ合う。


近い。

視線を落とせば、すぐそこにある。

逸らせば終わる距離。


だが——

逸らさない。

逸らす理由が、もうない。


「……近いですね」


小さく、落とす。

自分でも驚くほど、穏やかな声だった。


「今さらだ」


短く返る。


変わらない声音。

それが、妙に安心を伴う。


「……そうですね」


否定しない。

もう、しない。


「……」


わずかに、息が揺れる。

どちらが先だったのかは、わからない。


ほんのわずかに、距離が動く。

額が離れる。


代わりに、視線が絡む。

そのまま。


呼吸が、重なる。

温度が、近付く。


「……」


思考が、遅れる。


——合理的ではない。

わかっている。


それでも、離れる理由が、見つからない。


「……」


指先が、わずかに強くなる。

引き寄せられる。

逃げ場は、ない。


背に感じるのは、冷たい石の気配。


それすら、遠くなる。


「……いいのか?」


低く、落ちる。


確認。

だが——

止めるためのものではない。


「……」


一瞬だけ、迷う。

ほんの一瞬。

——ここで止まるべきか。

理性は、そう告げる。


だが。


「……構いません」


小さく、落とす。


逃げるのではなく、選んで。

そのまま、視線を上げる。


「……」


距離が、消える。

触れる直前。

ほんのわずかな間。

それが、やけに長く感じられる。


そして——

触れた。


唇が、静かに重なる。

押しつけることもなく。

奪うこともなく。

ただ、確かめるように。


触れているだけのはずなのに。

温度だけが、はっきりと伝わる。


「……」


音はない。

時間だけが、ゆっくりと流れる。


やがて、わずかに、離れる。

ほんの少しだけ。

それでも——

距離は、残ったまま。


「……」


視線が、合う。

変わらない。

何も変わっていないはずなのに。

確かに、違う。


「……」


言葉が、出ない。

必要がない。

レオニスが、わずかに息を吐く。


それから、再び引き寄せる。


今度は、迷いがない。

逃がさないように。

確かめるように。


二度目は、わずかに長い。

触れている時間が、重なる。


呼吸が、混ざる。

拒まない。

もう、拒まない。


「……」


ゆっくりと、離れる。

だが——


手は、離れない。

距離も、崩れない。


「……戻るか」


低く、落ちる。

いつも通りの声音。

それでも。


「……はい」


応じる声は、わずかにやわらかい。

自分でも気付くほどに。


「……」


重なった手のまま、歩き出す。

月光の下を抜けていく。


先ほどと同じはずの距離。

それでも、もう、同じではない。


触れた先にあるもの。

それを、知ってしまったから。


——離れない。

そのまま再び、光のある場所へと戻っていく。

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