表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋を必要としない令嬢に、皇帝の執着だけが通じない  作者: 絵宮 芳緒
第七章 隠さない想い

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

83/92

第五話|触れた先にあるもの

音楽が、終わる。


最後の一音が、ゆっくりと溶けるように消えていく。


余韻が、広間の高い天井へと吸い込まれていくようだった。


拍手が、遅れて広がる。

控えめでありながら、確かな称賛の波。

だが——


「下がる」


レオニスの声は、その流れを断ち切るように落ちた。


低く、揺るがない。

返答を待たない。

重なったままの手を引かれ、歩き出す。


「……」


セレスティナは、何も言わない。

ただ、従う。


背後から、無数の視線が追ってくるのを感じる。


好奇、探るようなもの、測るようなもの。


それでも——

振り返らない。

距離は、変わらないまま。


そのまま、大広間を抜ける。

重厚な扉が閉じる。


鈍い音とともに、世界が切り替わる。


——静かだ。


先ほどまでの喧騒が嘘のように消え、空気は冷えている。


石造りの回廊に、わずかな夜気が流れていた。


足音だけが、規則正しく響く。


やがて、レオニスが足を止める。


人気のない回廊。


高窓から差し込む月光が、床に細く落ちている。


「……ここでいい」


短く、落ちる。


それでも——

手は、離れない。


「……」


セレスティナは、ゆっくりと視線を落とす。


重なったままの手。

指先が、わずかに絡んでいる。


そこに残る熱が、妙に鮮明だった。


「……離しませんね」


静かに、落とす。


責めるでもなく、ただ事実を確かめるように。


「必要がない」


即答。

迷いのない声音。


「……そうですか」


それだけで、終わるはずだった。

だが——


「……お前が離れないからだ」


低く、続いた。


「……」


一瞬、思考が止まる。


「……私が?」


わずかに、視線を上げる。


月光の下で、銀灰の瞳がまっすぐに向けられていた。

逃げ場はない。


「無意識だろうが」


短く、告げる。

それ以上は語らない。

だが——

否定させない響き。


「……」


言葉が、出ない。

否定はできる。

理屈もある。


それでも、重なった指先にわずかに力が入る。


気づいてしまう。

——離していない。


「……」


沈黙が落ちる。

回廊は静かで、遠くの音楽の残響だけが微かに届く。


「……離れた方がよろしいですか」


試すように、落とす。

わずかな揺らぎを含んで。


「どうしたい?」


即答。

問い返し。

逃がさない。


「……」


言葉が続かない。

——合理的に考えれば。


ここで距離を取るべきだ。


だが、思考は最後まで形にならない。


代わりに残るのは——

触れている場所の熱だけだった。


「……離れません」


小さく、だがはっきりと、

選んで、落とす。


「……ああ」


短い肯定。


それだけで距離が、詰まる。

ゆっくりと、引き寄せられる。


背に、冷たい石壁の気配。

逃げ場は、ない。


「……近いですね」


吐息が、かすかに触れる。


「今さらだ」


変わらない声音。


「……そうですね」


否定しない。

もう、しない。


「……」


視線が、重なる。

逸らさない。

逸らす理由が、ない。


「……触れてもいいですか?」


わずかに、落とす。

形式だけの確認。


本当は——

もう、決めている。


「聞く必要があるか」


低く、返る。

それだけで、十分だった。


「……ありませんね」


わずかに息を吐く。

それから、ほんの少しだけ

距離を詰める。


額が、静かに触れる。

温度が、重なる。


「……」


言葉はない。

必要がない。

ただ、触れているだけでいい。


重なった手。

伝わる熱。

逃げない距離。


月光が、二人を淡く照らしていた。


揺らがない距離。

崩れない関係。

そのまま——離れない。


誰もいない場所で、初めて

それを、選ぶ。


そして、静かに息を重ねた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ