第四話|揺らがない距離
音楽は、続いている。
だが——
わずかに、空気が変わった。
視線の流れが、一方向に寄る。
「……失礼いたします、陛下」
静かに割って入る声。
距離は離れないまま、動きが止まる。
現れたのは、一人の令嬢だった。
整えられた所作。
隙のない微笑。
「その方とは……少々、近すぎるのでは?」
柔らかな声音。
だが——
刃のように、正確だった。
「公の場においては、節度が必要かと存じます」
周囲の視線が、揺れる。
同意も、反発も、声にはならない。
「……」
セレスティナは、動かない。
ただ、受け止める。
——否定はできる。
理屈は、いくらでもある。
それでも今、この場でそれを選ぶかどうかは——
別の問題だった。
「……そう思うか」
レオニスが、わずかに視線を向ける。
それだけで、空気が凍る。
「では聞く」
低く、落ちる。
「誰の基準だ」
「……それは」
言葉が、詰まる。
「私の場だ」
即答。
「私が決める」
それで終わる。
余地はなく、覆せない。
完全な断定。
「……」
令嬢は、言葉を失う。
それ以上、踏み込めない。
視線が、逸れる。
場が、戻る。
音楽は、止まっていない。
——ただ一つ。
変わったことがある。
もう誰も、距離について、口にしない。
「……続ける」
レオニスの声。
それだけで、足が動く。
触れたままの距離で、再び回る。
「……」
セレスティナは、息を整える。
先ほどとは違う。
理解している。
これは——
選ばれた距離だ。
「……陛下」
わずかに、落とす。
「どうした」
短く返る。
「……問題は、ありません」
言葉は、淡々と。
だがほんのわずかに、距離が詰まる。
無意識ではない。
今度は——
わかっていて。
「……」
レオニスの指先が、止まる。
一拍。
それから、わずかに引き寄せる。
逃がさないように。
確かめるように。
「……そうか」
低く、落ちる。
それだけ。
それだけなのに、距離がさらに近くなる。
呼吸が、重なるほどに。
「……近いですね」
わずかに、息を混ぜる。
「今さらだ」
即答。
「隠す理由がない」
変わらない。
揺るがない。
「……」
視線が、合う。
逸らさない。
もう、逸らさない。
「……離れません」
小さく、落とす。
宣言ではない。
だが——
拒まない意思。
「……ああ」
短く。
それだけで、十分だった。
手が、重なる。
熱が、伝わる。
距離は、変わらない。
変わらないまま、さらに、近付く。
音楽が、続く。
誰も、割って入らない。
もう、できない。
この距離は——揺らがない。
そして、そのまま踊り続ける。




