第三話|触れたままの距離
音楽が、静かに流れている。
緩やかな三拍子。
重なり合う弦の音が、広間を満たしていた。
燭台の灯りが、わずかに揺れる。
磨き上げられた床に、その光が淡く滲んだ。
足は、正確に動いている。
教えられた通りに、乱れはない。
——それなのに。
「……」
近い。
ただ、それだけのことが、思考を、鈍らせる。
視線を上げる。
すぐそこに、ある。
銀灰の瞳。
合う前に、逸らした。
——逃げ場はない。
距離は、変わらない。
変わらないままに、近い。
「緊張しているのか?」
低く、落ちる声。
「いいえ」
即答。
「そうか」
それだけ。
それだけなのに。
指先が、わずかに強くなる。
「……無理をするな」
囁きに近い声。
逃げ場を、塞ぐように。
「……」
言葉が、出ない。
音楽に合わせて、身体が回る。
裾が、空気を撫でるように揺れる。
視界が流れ、また戻る。
——そのたびに。
距離が、変わらないことを思い知らされる。
近い。
呼吸が、触れそうなほどに。
「……近くにいろ」
静かな声。
だが、拒む余地はなかった。
「……離れていません」
わずかに、返す。
「そうだな」
それだけで。
——さらに、距離が詰まる。
「……」
心臓の音が、うるさい。
触れている手から、わずかな熱が伝わる。
近いーー
だが、それを理由にはしない。
(……合理的ではない)
思考は、そう告げる。
だが——
離れようとは、思わない。
できないのではない。
——しない。
視線が、刺さる。
周囲のものだ。
当然だ。
皇帝と、その婚約者。
この距離で踊っていれば、目立たないはずがない。
それでも。
「……見せつけているのですか?」
わずかに、落とす。
「今さらだ」
即答。
「隠す理由がない」
——隠さない。
その言葉が、静かに落ちる。
視線が、合う。
今度は、逸らさない。
逃げる理由が、ない。
「……」
指先に、力が入る。
無意識だった。
ほんのわずかに。
——寄る。
「……」
それを、彼は見逃さない。
何も言わない。
ただ、わずかに。
応えるように。
距離が、保たれる。
——崩れない。
音楽が、続く。
回る。
触れたまま。
この距離のまま。
——離れる理由が、見つからない。
だから、そのまま踊り続ける。




