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恋を必要としない令嬢に、皇帝の執着だけが通じない  作者: 絵宮 芳緒
第六章 ほどけていく距離

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第一話 思いがけない来訪者

季節は、あの日から少しだけ進んでいた。


ラディア公爵邸。

応接の間には、やわらかな光が差し込んでいる。

窓の外では、新しい葉が風に揺れていた。


まだ若い緑。

やわらかく、頼りないその色が、静かに広がり始めている。

季節は、確かに移ろっていた。


「本日は、急な訪問にも関わらず――」


明るい声が、空気をやわらかく切る。


「お時間をいただき、ありがとうございます」


軽やかだが、礼を欠かない声音。

その人物は、自然な動作で一礼した。


アルヴィス・セラディア。

友好国の第二王子。

柔らかな金の髪に、穏やかな眼差し。

整った立ち居振る舞いは、育ちの良さを隠さない。

だが――

どこか、壁がない。

距離の取り方が、自然すぎる。


「陛下にはすでにご挨拶しております」


軽く笑う。


「その上で、非公式にお時間をいただきました」


リリアナは、その様子を静かに見ていた。

隣には、セレスティナがやや後ろに控える形。

普段と変わらない位置。

だが、視線はわずかに警戒を含んでいる。


(……近い)


内心で、そう思う。

理由ははっきりしない。

ただ――

距離の詰め方が、早い。

アルヴィスは、穏やかに視線を巡らせる。

そして、自然にセレスティナへと向ける。


「……あなたが」


わずかに、目を細める。


「例の方ですか」


軽口ではなく、観察するような視線。

だが、不快ではない。

むしろ、率直だった。

セレスティナは、わずかに目を瞬かせる。


「……例の、とは」


落ち着いて返す。

声音に揺れはない。

アルヴィスは、肩の力を抜いたまま微笑む。


「失礼。評判が先に届いていまして…」


視線を逸らさず、まっすぐに見つめる。


「なるほど、と納得しました」


言葉は穏やかだが、軽くはない。

評価しているのが、そのまま伝わる。


セレスティナは、わずかに戸惑う。

褒められているのは分かる。


だが――

距離が近い上に、自然すぎる。


「……恐縮です」


形式通りに返す。

それ以上は続けない。

だが、アルヴィスは気にした様子もない。


「いや、本心です」


迷いもなく、さらりと言う。

 リリアナは、そのやり取りを見ながら、ほんのわずかに目を細めた。


(これは……)


面白いことになる。

そう、確信する。


「今回の訪問は、正式なものではありません」


アルヴィスが、軽く言葉を続ける。


「通りがかりと言うには少し長居になりますが」


冗談めかした言い方。

だが、内容は事実だ。


「陛下にも後ほどご挨拶はいたしますが……。先に、こちらへ伺わせていただきました」


自然な流れ。

だが――

順序としては、やや異例。


セレスティナの視線が、わずかに動く。

理由を考える。

だが、答えは出ない。


アルヴィスは、気にせず続ける。


「個人的に、興味がありまして」


そのまま隠さず、セレスティナを見る。


「…あなたに」 


はっきりと言う。

空気が、わずかに変わる。

重くはないが、確かに動く。


露骨すぎて、セレスティナは、一瞬だけ言葉を失う。

だが、不快ではない。

むしろ――

真っ直ぐすぎる。


「……理由を、お伺いしても?」


冷静に、問い返す。

アルヴィスは、少しだけ考えるように目を細める。


「そうですね…珍しいから、でしょうか」


率直だった。


「立場に対して、あまりにも自然で無理がない。

それでいて、周囲に影響を与えている」 


視線は逸らさない。

観察と評価。

そのまま言葉にしている。


「興味を持たない理由がありません」


言い切る。

セレスティナは、沈黙する。

理解はできる。

だが――

こういう距離の詰め方に、慣れていない。


「……そう、ですか」


評価としては理解できる。だが、判断がわずかに遅れる。


それだけを返す。

アルヴィスは、満足したように小さく笑う。

その様子を、リリアナは静かに見ている。


(これは――)


止まらないわね。

その時、扉が、静かに開く。

足音は控えめだが、空気が変わる。


レオニスだった。

室内に入る。

視線が、一瞬で状況を捉える。

アルヴィスが、軽く振り返る。


「ああ、陛下」


自然に声をかける。

気負いはない。


「ちょうど良いところに」


笑みを浮かべたまま言う。


「先にご挨拶を済ませてしまいました」


悪びれない。

レオニスは、何も言わない。

ただ、静かに歩み寄る。

 

その視線が、一度だけセレスティナに向く。

無事を確認する――それだけのはずなのに、わずかに、留まる。

そして、アルヴィスへ。


「随分と自由な動きだな」


低く、落とす。

責める声音ではない。

だが、軽くもない。

アルヴィスは、肩をすくめる。


「お互い様でしょう?」


軽く返す。


「こうして会える機会は、逃したくないので」


そして、ふと思い出したように言う。


「――ああ、そうだ」


何気なくだが、場の中心に落とす。


「正直に言いますが…」


視線が、そのままセレスティナへ向く。


「彼女を気に入りました」


迷いなく言い切る。

空気が、ほんの一瞬止まる。


レオニスの視線が、わずかに動く。

だが、何も言わない。

アルヴィスは続ける。


「問題がなければ…少し口説いても?」


軽く笑っていて、悪気はない。

本気でもある。

ただ、それだけだった。

短い沈黙が落ちる。

だが、十分な時間。

そして――


「……やめておけ」


低く静かに、それだけが落ちる。

温度はない。

だが、揺るがない。


アルヴィスは、一瞬だけ目を細める。

そして――

小さく、笑った。


「……なるほど」

すべてを理解したように。

それ以上は言わずに引く。

だが、完全には退かない。

絶妙な距離。


セレスティナは、そのやり取りを見ている。

何が起きたのか。

完全には理解していない。

だが――

空気は分かる。


さきほどとは違う。

そして、胸の奥に小さな違和感が残る。


(……なぜ?)


言葉にはならない。

ただ――

さきほどよりも。

今の方が、落ち着いている。


その理由が、分からない。


「……問題ありません」

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