第十二話 過去の向こう側
皇城の一室。
大きな窓が開かれている。
外から、やわらかな風が入り込む。
冷たさはない。
ほんのわずかに、あたたかさを含んでいる。
庭の木々には、新しい葉が芽吹き始めていた。
淡く、やわらかな緑。
まだ頼りないその色は、光を受けて静かに揺れている。
季節が、変わろうとしていた。
室内は静かだった。
人払いがされており、余計な気配はない。
セレスティナは、椅子に腰を下ろしている。
背筋は伸びている。
だが――
力は入っていない。
無理に整えた姿ではない。
自然に、そこにある。
向かいには、レオニス。
距離はある。
けれど、遠くはない。
沈黙が、しばらく続く。
重くはない。
ただ、言葉を待つ時間。
やがて――
「……ノエルの件だが」
レオニスが、低く切り出す。
空気が、わずかに引き締まる。
セレスティナの視線が、静かに向く。
逃げることはない。
受け止める準備は、すでにできている。
「アシュレイが引き取った」
短い言葉だが、それだけで意味は伝わる。
「……処分はされていない」
セレスティナの呼吸が、ほんのわずかに揺れる。
驚きではない。
ただ、想定していなかった可能性に触れた反応。
「だが…」
レオニスの声音は変わらない。
静かに続く。
「自由はない」
言葉は、淡々としているが、重さは消えない。
「貴族用の更生施設に収容された。
国外へ出ることも、帝国の人間と接触することも許されない」
それで終わりだった。
余計な言葉はない。
すべてが、そこで閉じている。
セレスティナは、その言葉を受け取る。
すぐには、何も言わない。
視線が、わずかに落ちる。
思考ではない。
感情を、静かに整えている。
やがて――
小さく、息を吐く。
「……そう、ですか」
静かな声。
揺れてはいない。
だが、確かに受け止めている。
胸の奥に残っていたものが、ゆっくりとほどけていく。
完全ではない。
それでも――
確かに、終わったのだと分かる。
「……もう」
言葉を選ぶように、続ける。
「終わったのですね」
レオニスは、短く頷く。
「終わらせた」
迷いのない言葉。
それだけで十分だった。
セレスティナは、その言葉を受け、目を伏せる。
ほんの一瞬だけ。
それから、ゆっくりと顔を上げる。
「……ありがとうございます」
礼ではないが、確かな意味を持つ言葉。
レオニスは、それを聞く。
何も言わない。
ただ、そこにいる。
沈黙が落ちる。
先ほどとは違う。
空気が、わずかに軽い。
外から風が入り込む。
新しい葉が、やわらかく揺れる。
その気配が、室内にも届く。
セレスティナは、小さく息をつく。
無意識に、肩の力が抜ける。
それを、レオニスは何も言わずに見ている。
そのまま、視線を外さない。
「……一人で抱え込むな」
低く、落ちる。
静かな言葉。
命令ではない。
ただ、そこに置かれるもの。
セレスティナは、その言葉を受け取る。
一瞬だけ、視線が揺れる。
それから――
ほんの少しだけ、目を細める。
「……はい」
やわらかく、返す。
その声音に、迷いはない。
拒まず、受け入れている。
しばらく、言葉はなかった。
だが――
沈黙は、不自然ではない。
レオニスは、立ち上がらない。
距離を詰めない。
それでも、離れない。
その在り方が、そのまま示している。
セレスティナは、それを感じている。
はっきりとは、言葉にできない。
それでも――
胸の奥に、あたたかいものが残る。
静かに、確かに消えない。
ふと、視線を上げる。
レオニスを見る。
言葉はない。
だが、目は逸らさない。
ほんの一瞬、視線が交わる。
そのまま、わずかに止まる。
やがて、静かに外れる。
それで、十分だった。
外では、新しい葉が揺れている。
まだ小さく、やわらかい。
だが――
確かに、そこにある。
これから同じように、伸びていくもの。
二人の間にも、何かが芽吹き始めていた。
――まだ、名前のつかないまま。




