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恋を必要としない令嬢に、皇帝の執着だけが通じない  作者: 絵宮 芳緒
第五章 静かな波紋

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第十話 花の下で

公爵邸を出て、しばらく馬車は静かに進み、やがて皇城へと続く道へ入る。


石畳の道が、まっすぐに伸びている。

その両側に――

淡い色が広がっていた。


「……」


セレスティナは、ふと視線を上げる。

視界いっぱいに咲く花。

風に揺れ、光を受けて、やわらかくきらめく。

思わず、口を開く。


「……あれは」


馬車がゆるやかに止まる。

御者が扉を開ける。

外へ降りると――

桜の下に、レオニスが立っていた。

こちらへ視線を向ける。

そのまま、一歩だけ歩み寄る。


「桜だ」


短く告げる。


「この時期だけ咲く」


それだけの説明。

だが、十分だった。

セレスティナは、ゆっくりと見上げる。


枝いっぱいに広がる花。

その向こうに、空がある。


「……綺麗ですね」


自然と、言葉が落ちる。

そのあとで――

ほんのわずかに、視線が揺れる。


「……以前の私なら」


小さく、続ける。


「植物は、成分や効能を見る対象でしかありませんでした」


淡々とした声音。

だが、自嘲はない。

ただの事実。


「……合理的でないものには、興味がなかったんです」



桜を見上げる。

風に揺れる花を、目で追う。


「……でも」


ほんの少しだけ、息を吐く。


「今は……こうして綺麗だと思える」


静かに言う。

その声音は、やわらかい。


「……不思議ですね」


視線が、少しだけ遠くへ向く。


「……私の前世にも、桜はありました」


懐かしむように、静かに、続ける。

レオニスの視線が、わずかに動く。


「……そうか」

短く、返す。

それ以上は問わない。

だが、聞いている。

セレスティナは、花を見上げたまま続ける。


「春になると、同じように咲いて…すぐに散ってしまう花でした」


風が、やわらかく吹く。

花びらが、一枚、舞う。


「……それでも」


小さく息を吐く。


「毎年、楽しみにしていたんです」


その声音は、やわらかい。

レオニスは、それを聞く。

何も言わない。

だが、視線は外さない。


「すぐ散る」


事実だけを、短く告げる。

セレスティナは、少しだけ目を細める。


「……でも」


「だからこそ、綺麗なのかもしれません」


花びらが、また舞う。

ゆっくりと、落ちていく。


「……同じですね」


ぽつりと落ちる。

レオニスの視線が、わずかに動く。


「何がだ?」


「……いえ」


小さく首を振る。

言葉にはしない。

それでもいいと思える。


そのまま、二人は並んで歩き出す。

桜の下を、同じ歩幅で。

同じ距離で。

風が通る。

花びらが舞う。


やがて、少し開けた場所へ出る。

自然と足が止まる。

どちらからともなく、並んで立つ。

同じ方向を見て。


「……調子は?」


レオニスが、短く問う。

セレスティナは、少しだけ考える。

それから――


「大丈夫です」


そう答える。


「……無理はしていません」


わずかに、言葉を重ねる。

レオニスは、それを受け取る。 


何も言わない。

だが、歩調がわずかに緩む。

やがて、少し開けた場所へ出る。

自然と足が止まる。


どちらからともなく、並んで立つ。

同じ方向を見て。


風が抜ける。

花びらが、ゆっくりと舞う。

その中で――

距離は変わらない。


だが、近い。

触れてはいない。

それでも、遠くはなかった。


風が吹く。

花びらが、いくつも舞う。

そのひとひらが、セレスティナの髪に触れる。


気付かずそのまま、髪に残る。

レオニスの視線が、わずかに動く。


一瞬だけ、手が伸びる。

迷いなく、触れる。

そっと、花びらを取る。


「……」


セレスティナが、わずかに目を見開く。

レオニスは、そのまま手を離す。


「ついていた」


短く、それだけ言う。

花びらは、指先から落ちる。

風に乗って、消える。


「……ありがとうございます」


少しだけ、間を置いてセレスティナが言う。

それ以上は続かない。

だが――

その頬が、わずかにやわらぐ。


「……陛下は」


ふと、口を開く。


「こうして外に出ることは、よくあるのですか」


レオニスは、少しだけ間を置く。


「ない」


短く、答える。


「必要がなければ出ない」


それが当たり前だというように。

セレスティナは、少しだけ驚く。


「……では、今日は」


言いかけて、止まる。

意味を考える。

レオニスは、前を見たまま答える。


「気まぐれだ」 


短く、それ以上は言わない。

だが――

それだけで、十分だった。


セレスティナは、ほんの少しだけ口元をやわらげる。

否定しない。

追及もしない。

ただ、受け取る。


風が吹く。

花びらが、また舞う。


「……綺麗ですね」


もう一度、言う。

今度は、少しだけ静かに。


レオニスは、それを聞く。

返さない。

だが――

その場に、とどまる。


やがて、沈黙が落ちる。

だが、それは空白ではない。


花が舞う。

光が揺れる。

時間が、ゆっくりと流れる。

その中で、距離は変わらない。

それでも――

関係は、確かに変わっていた。


――本人だけが、気づいていないまま。

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