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恋を必要としない令嬢に、皇帝の執着だけが通じない  作者: 絵宮 芳緒
第五章 静かな波紋

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第八話 差し出される時間

数日後――

体調は、ほぼ元に戻っていた。


完全ではない。

だが、日常を送るには十分だった。


「……陛下より、お言葉を預かっております」


執事が、静かに告げる。

セレスティナは、手にしていた書簡から顔を上げる。 


「“時間があるなら、付き合え”と」


簡潔な伝言。

余計な言葉はない。

だが――

それが誰からのものかは、明確だった。


「……そう」


小さく、息を吐く。

断る理由は、なかった。


皇城の庭は、やわらかな光に包まれていた。

季節の花々が整えられ、風は穏やかに流れている。


その一角。

一般の庭園とは少し離れた場所に、目的の区画はあった。


「……ここは」


セレスティナは、足を止める。

視線の先に広がるのは、整然と並ぶ植物。

見慣れた装飾の庭とは違う。


「薬草庭園だ」


レオニスが短く答える。


「気晴らしになるかは分からんがな」


淡々と続ける。

だが、その声音にはわずかな配慮がある。


セレスティナは、ゆっくりと視線を巡らせる。

葉の形。

色。

配置。


「……よく、管理されていますね」


自然と、言葉が出る。

一歩、足を踏み入れる。

最初にあったわずかな緊張が、少しずつほどけていく。


「この葉は……」


指先で、そっと触れる。


「そのままだと刺激が強いですが…加熱処理をすれば、毒性は抜けます」


静かに、続ける。

無意識だった。

言葉が、先に出る。


レオニスは、遮らずそれを聞いている。


「……そうか」


短く、返す。

それだけ。

だが――

きちんと受け取っている。


セレスティナは、少しだけ視線を落とす。


「……前世で、扱っていたものに似ていて」


ぽつりと、言う。

レオニスは何も言わない。

だが、急かさず待つ。


「……見れば分かるものと、分からないものが、あります」


その言葉には、別の意味が含まれていた。

セレスティナは、それ以上は続けない。

言葉にしなくてもいいと、分かっているからだ。


風が、静かに吹く。

葉が揺れる。

やわらかな音が、重なる。


二人は並んで歩く。

歩幅は、自然と揃う。


「……疲れていないか」


レオニスが、ふと問う。

短い言葉。

だが、よく見ている。


セレスティナは、少しだけ驚いたように瞬きをする。


「……大丈夫です」


そう答える。

だが、その呼吸のわずかな変化を、見逃さない。


レオニスは立ち止まり、近くの石のベンチへ視線を向ける。


「座れ」


短く言う。

強制ではない。

だが、断らせない言い方でもない。


セレスティナは一瞬だけ迷い――

静かに腰を下ろす。

少し遅れて、レオニスも隣に座る。


距離は、近い。

だが、触れない。

風が通る。


日差しが、やわらかく差し込む。

その角度を、レオニスがわずかに変える。

影が、セレスティナに落ちる。

意図を感じさせないほどに、自然な動きだった。


「……」


セレスティナは、それに付く。

何も言わない。

ただ――

ほんの少しだけ、目を細める。

胸の奥に、温かいものが広がる。


言葉にはしない。

できない。

それでも、確かにある。


「……」


レオニスもまた、何も言わない。

ただ隣にいる。

それで十分だと、分かっているように。


沈黙が落ちる。

だが、それは空白ではない。

やがて――


「……先日のことは」


セレスティナが、静かに口を開く。


「ありがとうございました」


短く、それだけ。

レオニスは、わずかに視線を動かす。


「礼を言われることではない」


いつもの返答。

だが――

ほんの少しだけ、間がある。

セレスティナは、小さく頷く。


それ以上は言わない。

言葉がなくても、伝わるものがあると知っているから。


風がまた、通り抜ける。

同じ距離で、同じ時間を共有している。

それだけで――

十分だった。

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