第六話 ほどけた先で
目を開けたとき、最初に見えたのは見慣れた天井だった。
やわらかな光が、薄く差し込んでいる。
あまりにも、静かだ。
「……」
瞬きをする。
重い。
身体も、思考も。
それでも――
ここがどこかは分かる。
自室だった。
ゆっくりと、息を吸う。
胸の奥に、わずかな痛みが残る。
だが、それはもう――
“あの時”のものではない。
「……お嬢様」
控えめな声が落ちる。
ミアだった。
ベッドの傍に控え、じっと様子を見ていたのだろう。
その表情に、わずかな安堵が滲む。
「……何日」
声がかすれる。
ミアは、すぐに答える。
「三日ほど、お休みになっておりました」
三日。
その言葉が、静かに落ちる。
長いようで、短い。
だが――
十分な時間だった。
「……そう」
ゆっくりと、息を吐く。
頭の奥に、記憶が流れ込む。
血の匂い、ノエルの声。
差し出された手。
そして――
雨の夜。
押さえつけられる腕。
倒れる感覚。
「……」
目を閉じる。
断片だったものが、繋がる。
はっきりと、逃げ場なく。
「……思い出したのね」
やわらかな声が、すぐ近くで落ちる。
目を開ける。
母――エリシアが、そこにいた。
穏やかな表情。
だが、その瞳には深い心配がある。
「……はい」
静かに答える。
嘘はない。
隠す気も、もうない。
エリシアは、そっとセレスティナの手を取る。
温かい。
「怖かったでしょう」
責めるような響きは、ない。
ただ、寄り添う言葉。
セレスティナは、一瞬だけ言葉を失う。
それから――
「……はい」
小さく、頷く。
それで十分だった。
それ以上の説明は、必要ない。
そのとき。
「目を覚ましたか」
低い声が落ちる。
父――アルベルトだった。
その後ろに、ディオンの姿もある。
二人とも、すでに状況は理解している。
だが、何も問わない。
それが答えだった。
「……無事でよかった」
アルベルトが静かに言う。
その声音は落ち着いている。
だが、ほんのわずかにだけ――
安堵が滲んでいる。
ディオンは、言葉を選ばない。
ただ一歩近づき、短く言う。
「遅れた」
それだけだった。
だが、その一言に含まれるものは軽くない。
セレスティナは、わずかに首を振る。
「……いいえ」
否定する。
「来てくれました」
それで十分だった。
ディオンの視線が、わずかに揺れる。
それ以上は言わない。
言えない。
空気が、少しだけ緩む。
張りつめていたものが、ほどけていく。
完全ではない。
だが――
確実に。
「……しばらくは、無理をするな」
アルベルトが言う。
命令ではない。
確認でもない。
ただ、置かれる言葉。
セレスティナは、その意味を受け取る。
そして――
「……はい」
静かに答える。
だが、その瞳には――
わずかな変化があった。
逃げない、と決めた者の光。
エリシアは、それに気付く。
何も言わない。
ただ、そっと手を離す。
信じているからだ。
セレスティナは、ゆっくりと上体を起こす。
まだ、完全ではない。
それでも――
止まらない。
「……陛下に」
小さく、言葉を落とす。
三人の視線が、向く。
「お目通りを、願いたいです」
はっきりとした声音だった。
願いではない。
意思だった。
ディオンが、わずかに眉を寄せる。
アルベルトは、静かに見つめる。
エリシアは、やわらかく微笑む。
「……そう」
それだけで、十分だった。
止めない。
否定もしない。
ただ――
受け入れる。
セレスティナは、息を整える。
胸の奥に残るものは、まだ消えていない。
それでもいい。
抱えたままで、進めばいい。
「……」
視線を上げる。
もう、逸らさない。




