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恋を必要としない令嬢に、皇帝の執着だけが通じない  作者: 絵宮 芳緒
第五章 静かな波紋

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第四話 見えない手

「――解放は、完了しました」


静かな声が、落ちる。

その報告を受けた男は、ゆっくりと視線を上げた。


部屋は暗い。

灯りは最低限。

その中で、ひとつの影だけが輪郭を持つ。


「そうか」


短く返す。

それだけで、十分だった。

机の上には、いくつかの書状が並んでいる。

その一つに視線を落とす。


「予定より、わずかに早いな」


独り言のように呟く。

だが、その声に揺らぎはない。


「問題はありません」


控えていた男が答える。

その所作は、整っている。

だが――

どこか、冷たい。


「むしろ、好都合かと」


「暴発は、早いほど扱いやすい」


感情のない言葉だった。

報告を受ける男は、わずかに口元を歪める。


「……なるほど」


小さく、落とす。


「確かに」


紙を一枚、指先で弾く。


「“彼”は、そういう類だ」


ノエルのことだった。

理解している。

だからこそ、利用する。


「誘導は?」


短く問う。


「最小限に」


即答だった。


「場所のみ提示。あとは自発的に」


それで十分だと、分かっている。


「制御は?」


「しておりません」


その答えに、男はわずかに笑う。


「結構だ」


むしろ、それがいい。


「壊れている駒ほど、よく動く」


淡々と、言い切る。

その言葉に、情は一切ない。


一方――

ヴァルディエ侯爵家では、空気が変わっていた。


「……どういうことだ」


ルーカスの声が低く落ちる。

机の上の報告書が、わずかに揺れる。


「想定と違う」


苛立ちが滲む。

カイルが眉を寄せる。


「制御できていないのでは?」


当然の指摘だった。

だが――


「問題ない」


背後から、声が落ちる。

従者だった。

いつも通りの位置に立ち、いつも通りの声音で。


「計画は順調に進行しております」


ルーカスが振り返る。

その瞬間、違和感が走る。

何かが、ずれている。


「……そうか」


それでも言葉は返す。

判断が追いつかないまま。

従者は一歩、前へ出る。


「ただし」


「この先は、我々の関与する範囲ではありません」


ルーカスの表情が、わずかに歪む。


「何を言って――」


言葉は最後まで続かない。

従者は、すでに一歩下がっていた。

距離を取るように。


「役目は果たしました」


淡々と告げる。


「これ以上の関与は、不要と判断いたします」


それは、報告ではない。

切り捨てだった。

カイルの視線が鋭くなる。


「……待て」


低く言う。

だが、遅い。

従者は、わずかに一礼する。

形式だけの礼。

そこに忠誠はない。


「失礼いたします」


それだけを残し、踵を返す。

止める間もなく、そのまま姿を消す。

扉が閉じる。

静寂が落ちる。


ルーカスは、しばらく動かない。

理解が追いつかない。

そして――


「……利用された、だと?」


遅れて、言葉になる。

だが、その時にはすでに遅い。

すべては動き出している。

止めることはできない。


遠くで、何かが確実に崩れ始めていた。

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