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恋を必要としない令嬢に、皇帝の執着だけが通じない  作者: 絵宮 芳緒
第五章 静かな波紋

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第一話 静かな波紋

その話は、ゆっくりと広がっていた。

誰かが意図して流したものではない。


だが、確実に。

貴族たちの間で、囁かれる。


「……聞いたか?」


「例の件だろう」


声は小さい。

だが、隠されてもいない。


「帝国リグナス侯爵家の嫡子が、皇城で拘束されたらしい」


「しかも、理由が理由だ」


「ラディア公爵家の令嬢に関わる件だとか」


言葉は濁される。

だが、それで十分だった。

曖昧であるほど、想像は膨らむ。


「……穏やかではないな」


「いや、むしろ好機かもしれん」


その一言で、空気が変わる。

情報は、ただの事実ではない。

扱い方次第で、価値を持つ。


「皇帝はどう動く?」


「ラディア家はどう出る」


「リグナス家は切り捨てられた」


その結論だけは、すでに共有されていた。

そして――


「空いた席は、誰が取る」


その言葉が、静かに落ちる。

答えは、まだない。

だが、動き出している者は、いる。


その一つが――

ヴァルディエ侯爵家だった。 


重厚な書斎の中、男は一通の報告書に目を通していた。

ルーカス・ヴァルディエ。

静かに、指先で紙をなぞる。


「……なるほど」


低く、落とす。

口元が、わずかに歪む。


「ずいぶんと、分かりやすい」


情報は揃っている。

欠けている部分はある。

だが――

それでも十分だった。


「リグナスは終わりだ」


迷いなく言い切る。

情はない、必要もない。


「ならば」


視線を上げる。

その先にあるのは、まだ形になっていない“可能性”。


「次に座る者を決めるだけだ」


その言葉に、重みはない。

当然のように。


「皇帝はまだ若い」

 

「完全ではない」


それが、隙になる。

そう判断している。


「……動かすか」


静かに、決める。

誰に告げるでもなく。

だが、その決定は、確実に何かを動かす。


書斎の扉の外には、気配がある。

控えていた従者が、一歩だけ動く。


「準備を」


短い命令。


「はっ!」


無駄がなく、即座に応じる。

それだけで、十分だった。




同じ頃――

皇城では、何も変わらない日常が続いていた。


整えられた空気。

乱れのない動き。

だが――

水面の下では、確かに波紋が広がっている。


まだ、小さい。

だが、消えない。

静かに、確実に。

広がっていく。

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