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恋を必要としない令嬢に、皇帝の執着だけが通じない  作者: 絵宮 芳緒
第四章 断絶

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第十話 庭にて

午後の光は、やわらかく庭を包んでいた。


手入れの行き届いた花々が静かに揺れ、風は穏やかに流れている。

テラスに置かれた卓の上には、茶器と菓子が整えられていた。


セレスティナはカップを手に取り、向かいに座るリリアナへと視線を向ける。


「今日は静かね」


リリアナが微笑む。


「……ええ」


セレスティナは小さく頷き、口に含んだ茶の温かさをゆっくりと確かめる。


そのとき――

控えめな足音が近づく。


「お嬢様」


落ち着いた声がかかる。

振り向くと、公爵家の執事が一礼していた。


「皇城より、陛下がご到着なされます」


簡潔な報告。

その言葉で、空気がわずかに張り詰める。


リリアナの表情が、ほんの一瞬だけ止まる。

驚きと、わずかな警戒。


だが、それはすぐに整えられ、いつもの穏やかな笑みに戻る。


「……まあ」


柔らかく言う。

それだけで、余計なものは残さない。


セレスティナはカップを静かに置き、そのまま立ち上がる。

動きに迷いはない。


ただ、意識だけがわずかに引き締まる。


「お通しして」


短く告げる。

執事が一礼し、下がる。


その背を見送りながら――

ミアが一歩後ろに控えたまま、わずかに視線を上げる。


セレスティナの背へ。

乱れはない。

足取りも、呼吸も。


それを確認するように、ほんの一瞬だけ目を細め、何も言わずに視線を落とした。


やがて、足音が近づく。

現れたのは、レオニスだった。

従者を伴わず、ただ一人で。


その姿に、リリアナが優雅に立ち上がり、礼を取る。


「ようこそお越しくださいました、陛下」


セレスティナもそれに倣う。


「……急な訪問であるな」


レオニスが静かに言う。

形式通りの言葉。

だが、その視線はすでにセレスティナへ向けられている。


「構いません」


セレスティナは落ち着いて返す。

その声音は、以前よりもやわらかい。


「お茶を、いかがですか」


自然に続ける。

一瞬の間。

レオニスはそれを受け取り――


「いや」


短く首を振る。


「歩きながら話そう」


簡潔な提案。

距離を変える選択。


セレスティナはわずかに考え、それから頷く。


「……承知しました」


振り向き、リリアナへと視線を向ける。


「少し外します」


リリアナは一瞬だけセレスティナを見つめ、その奥を確かめるように視線をやわらげる。


それから、いつもの笑みで応える。


「ええ、いってらっしゃい」


何も問わない。

だが――

その目は、確かに見送っている。


セレスティナはそのまま歩き出し、レオニスも並ぶように動く。


ミアはその場に控えたまま、二人の背を静かに見送る。

その視線には、わずかな安堵と、まだ消えきらない警戒が同時に宿っていた。


庭へと続く小径に出ると、風がわずかに強くなる。

葉が揺れ、光がきらめく。


二人は並んで歩く。

歩幅は自然と揃い、距離も変わらない。

しばらく、言葉はない。

だが、その沈黙は不自然ではなかった。


「……状態は」


レオニスが先に口を開く。

短い問い。

だが、それ以上の意味を持つ。


セレスティナは前を見たまま、ゆっくりと息を整える。


「落ち着いています」


一拍置いて。


「……かなり」


言葉を選ぶように、付け足す。

レオニスはその変化を受け取り、わずかに目を細める。


「そうか」


短く返す。

だが、その声音にはわずかな温度がある。


風が抜ける。

花の香りが、かすかに混じる。

セレスティナは一瞬だけ視線を落とし、それから言葉を探す。


「……あの時」


静かに切り出す。

歩みは止めない。


「思い出したんです」


わずかに間を置く。


「……怖かった」


その一言だけ、素のまま落ちる。

だが、すぐに言葉を整える。


「でも……今は違います」


その声音は、静かで揺らがない。

レオニスの視線が、わずかに動く。

だが、口は挟まない。

セレスティナは続ける。


「……助けてくれたと、思っていました」


「だから、近くにいたんです」


言葉は穏やかだが、その奥にあるものは軽くない。


「まさか……加害者だとは、思いませんでした」


わずかに息を吐く。

それでも、視線は逸らさない。

レオニスは、何も言わない。

沈黙が落ちる。

だが――


「……でも」


セレスティナが、先に続ける。

ほんの少しだけ、口元がやわらぐ。


「もう、大丈夫です」


言い切る。

その声音は、確かだった。

レオニスは、その言葉を受け取り――

一瞬だけ、目を伏せる。


(……そうか)


内側で、理解が落ちる。

あの時の違和感。

距離が近づいた理由。

感情が揺れた原因。

すべてが、ひとつに繋がる。


(……守りたい、か)


否定しない。

むしろ、それが最も自然な結論だと受け入れる。


セレスティナは、そのことを知らないまま歩いている。

その横でレオニスは、わずかに歩調を緩める。

そして――


「……一つ、言っておく」


低く、落とす。

セレスティナが視線を向ける。

レオニスは、まっすぐに見返す。


「二度と、近付けない」


短く、けれど揺るがない。

それは宣言だった。


セレスティナは、その言葉を受け取る。

一瞬だけ、息が止まる。

そして――


「……はい」


静かに、返す。

迷いはない。

ただ、受け入れる。


風が、やわらかく通り抜ける。

花弁が一枚、視界の端で揺れ、ゆっくりと地に落ちた。


二人は歩みを止めない。

だが、どこかで区切りはついていた。


セレスティナは、前を見たまま小さく息を整える。

胸の奥に残っていたものが、少しだけ軽くなっている。

完全ではない。

それでも――

確かに、ほどけている。


「……」


言葉にはしない。

必要がないと、分かっているからだ。

隣を歩く気配が、静かにそこにある。

それだけで、十分だった。


やがて、レオニスがわずかに足を緩める。

セレスティナも、それに合わせて自然に歩調を落とす。


「……無理はするな」


低く、落ちる。

以前と同じ言葉。

だが、意味は違う。


「……今は」


一拍、置いて続く。

命令ではない。

押しつけでもない。

ただ、そこに置かれる言葉。


セレスティナは、その響きを受け取り――

ほんの少しだけ、目を細めた。


「……はい」


やわらかく、返す。

その一言に、迷いはない。

自分の意思で、受け入れている。


レオニスは、それ以上何も言わない。

だが、視線がわずかに動く。

セレスティナの横顔へ。

一瞬だけ。

それから、すぐに前へ戻る。


「……」


沈黙が戻る。

だが、それは終わりではない。

むしろ――

そのまま続いていくものの一部だった。


風がまた、静かに通り抜ける。

同じ速度で。

同じ距離で。

二人は、そのまま歩き続ける。


言葉はない。

それでも――

離れてはいなかった。


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