第七話 戻りゆく日常
朝の光は、やわらかく部屋に満ちていた。
カーテン越しに差し込むそれが、静かに空気を温めている。
セレスティナはゆっくりと目を開け、そのまま視線を天井へ向ける。
揺れはない。
呼吸も、落ち着いている。しばらくそのまま息を整えてから、意識が自然と指先へと向いた。
何もない。
冷たさも、残っていない。
それを確かめるように、軽く指を動かし、そのままゆっくりと身を起こす。
床に足を下ろすと、確かな感触が返ってくる。
逃げる理由はもうないと、自分の中で静かに確認し、そのまま立ち上がった。
「おはようございます」
控えめな声とともに扉がノックされ、そのまま開く。
侍女のミアだった。
いつも通りの動き。
だが、その視線の奥にわずかな緊張が残っている。
セレスティナは一瞬だけ間を置き、それから口を開く。
「……おはよう」
ほんの少しだけ、言葉がやわらぐ。
それだけの変化なのに、ミアの表情がわずかに緩む。
「よかった」
小さく、息を吐くようにこぼす。
その一言に、セレスティナは視線を向ける。
ミアはすぐにいつもの顔に戻し、軽く肩をすくめた。
「体調、いかがですか」
踏み込みすぎない距離での問い。
「……大丈夫よ」
自然に出た言葉に、ほんの少しだけ自分でも驚く。
だが、違和感はない。
むしろ――
しっくりくる。
ミアはその答えを聞いてから、ほんのわずかに眉を寄せる。
「……無理、してませんよね?」
静かに、確かめるように。
セレスティナは一瞬だけ言葉を探し、それから小さく首を振る。
「してないわ」
はっきりと、言い切る。
その声音は、昨日よりも確かだった。
ミアはそれを見てから、小さく頷く。
「なら、いいです」
それ以上は踏み込まない。
それが、この距離だった。
支度を整え、部屋を出る。
廊下を歩く足取りは、昨日よりもわずかに軽い。
自分でもそれを感じながら、そのまま食堂へ向かう。
扉の前で足が止まることはなかった。
そのまま手をかけ、自然な流れで開ける。
中には、家族が揃っていた。
「おはよう、セレス」
リリアナがすぐに気づき、明るく声をかける。
「お姉様、おはよう」
自然に返す。
そのやり取りだけで、空気が少しだけ明るくなる。
ディオンは言葉を挟まない。
だが、視線が向けられ、そのままわずかに頷く。
確認するように。
そして――受け入れるように。
父、アルベルトもまた静かに目を向ける。
表情は変わらないが、その視線は一瞬だけ柔らぐ。
席に着くと、食事が並ぶ。
いつもと変わらない光景。
「……」
手を伸ばす。
止まらない。
そのまま口に運ぶ。
味が、ゆっくりと広がる。
「……美味しい」
小さく、こぼれる。
無意識だった。
その一言に、母がわずかに目を見開き、すぐにやわらかく笑う。
その表情を見て、セレスティナの胸の奥がわずかにほどける。
「今日は、少し軽めにしてあるの」
エリシアが穏やかに言う。
「……そうなのね」
自然に返す。会話が続く。
それだけのこと。
それでも――
戻ってきている。
確かに、少しずつ。
セレスティナはもう一度スプーンを取り、そのまま静かに食事を続けた。
今度は、迷いなく。




