第五話 委ねられるもの
空気は、静かだった。
重くはない。
だが、軽くもない。
余計なものが削ぎ落とされた、整った空間。
その中心に、レオニスは動かず立っている。
すでに、判断は終わっているからだ。
「……リグナス侯爵、参上いたしました」
低く、抑えられた声が落ちる。
扉の前で、男が頭を下げている。
ノエルの父だった。
姿勢は崩れていない。
だが、その背にはわずかな重さがある。
レオニスは視線だけを向ける。
「入れ」
短く告げる。
それで十分だった。
侯爵は一歩、踏み出す。
無駄のない動き。
だが、普段よりもわずかに遅い。
その差は、明確だった。
室内へ入り、一定の距離で止まる。
そして、深く頭を下げた。
「此度の件、すべて我が家の責にございます」
迷いのない言葉だった。
言い訳はない。
弁明もない。
ただ、事実として置く。
「……」
レオニスは何も言わない。
続きを待つ。
それが分かっているからこそ、侯爵は顔を上げない。
「息子の処分につきましては」
わずかに、息を整える。
それだけの変化。
だが――確かにあった。
「すべて、陛下に委ねます」
はっきりと、言い切る。
その言葉に、揺らぎはない。
決定だった。
父としてではない。
貴族としての選択。
「……家督は、次子に継がせます」
淡々と続ける。
感情を挟まないように。
「すでに手配は整えております」
準備は終わっている。
迷いはない。
そう示すように。
「……」
沈黙が落ちる。
レオニスは動かない。
ただ、すべてを見ている。
その上で――
「……そうか」
短く、落とす。
それだけだった。
許しでもない。
拒絶でもない。
ただ、受理。
それで十分だった。
だが――
「……陛下」
侯爵の声が、わずかに続く。
ほんの僅か、それまでとは違う響き。
「……どうか」
そこで、止まる。
ほんの一瞬、言葉を選ぶように。
「……命だけは」
低く、落とす。
それ以上は言わない。
言えない。
それが限界だった。
父としての、最後の一言。
「……」
レオニスは、沈黙する。
長くはない。
だが、軽くもない。
その意味を測るには、十分な時間。
そして――
「考慮する」
短く、返す。
約束ではない。
だが、切り捨てもしない。
それで終わりだった。
侯爵は、深く頭を下げる。
それ以上は求めない。
求められる立場でもない。
すべては、終わった。
少なくとも――
家としては。




