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恋を必要としない令嬢に、皇帝の執着だけが通じない  作者: 絵宮 芳緒
第四章 断絶

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第四話 残された温度

室内は、静かだった。


先ほどまでの張り詰めた空気は、すでに消えている。

だが、完全に元に戻ったわけではない。

どこかに、わずかな揺らぎが残っている。


セレスティナは、椅子に腰を下ろしていた。

姿勢は崩れていない。

呼吸も、落ち着いている。


外から見れば、いつも通りだった。


「……問題はないか」


低い声が落ちる。

レオニスだった。

距離は保たれている。


近すぎず、遠すぎず。

必要な位置。

セレスティナは、わずかに視線を上げる。


「……問題、ありません」


いつも通りの返答。

迷いも、揺れもない――はずだった。


だが、ほんの一瞬だけ、間があった。

それだけで十分だった。


「そうか」


短く返す。

それ以上は問わない。

問う必要がないと判断している。


沈黙が落ちる。

静かだった。

だが、重くはない。

どこか、緩んでいる。


「……」


セレスティナは、自分の手を見る。

何もない。

傷も、痕もない。

それでも――


残っている。

掴まれていた感覚。

離れなかった指の力。


「……」


指先が、わずかに動く。

振り払うように。

だが、完全には消えない。


「……大丈夫、です」


小さく、重ねる。

確認するように。

その声音は、わずかに柔らかい。


「……たぶん」


続けて落ちた言葉は、さらに小さかった。

それは、いつもの彼女にはないものだった。


レオニスの視線が、わずかに動く。

見ている。

ただ、それだけ。

踏み込まない。

だが、逸らさない。


「無理はするな」


短く告げる。

命令ではない。

忠告でもない。

ただ、事実として置くように。


「……今は」


一拍、遅れて続く。

それだけで、意味は変わる。


セレスティナは、わずかに目を瞬かせる。

その言葉を、受け取る。

すぐには返さない。

考える。

ほんの短い時間。

それから――


「……はい」


静かに、返す。

その返事は、今までよりもわずかに近い。

距離が、ほんの少しだけ縮まっていた。


沈黙が戻る。

だが、先ほどとは違う。

張り詰めてはいない。

完全でもない。


それでも――

確かに、変わっていた。

セレスティナは、視線を落とす。

手を見る。

何もない。


それでも、もう一度だけ指先が動く。

今度は、振り払うのではなく――

確かめるように。


「……」


言葉にはしない。

だが、理解している。

すべてが元に戻ったわけではない。

それでも、戻り始めている。

確かに、少しずつ。

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