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恋を必要としない令嬢に、皇帝の執着だけが通じない  作者: 絵宮 芳緒
第三章 囲い込み

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第二十話 戻らない日常

朝は、いつも通りに始まった。 


決められた時間。

決められた手順。

変わらない流れ。


乱れはない。

それでいい。

それが正しい。


セレスティナは、手元の作業を進める。


視線は安定している。

動きも正確だ。

迷いはない。


――そのはずだった。


「……」


ほんのわずかに、手が止まる。

理由はない。


だが、次の動作に移るまでに、一瞬の遅れが生まれる。


それだけで、異常だった。


視線を落とす。

問題はない。

配置も、状態も、変わっていない。


それでも――

指先に、違和感が残る。


冷たい。

濡れているような感覚。


だが、何もない。

視覚では確認できない。

それでも、消えない。


「……気のせいです」 


小さく落とす。

確認。

それで終わる。

終わるはずだった。


だが――

耳の奥で、音がする。

雨。


今は降っていない。

それでも、確かに聞こえる。

遠くではない。

すぐ近くで。

逃げ場のない位置で。


「……」 


呼吸が、わずかに浅くなる。

乱れてはいない。


だが、一定でもない。

ほんのわずかに、ズレる。

それだけで、十分だった。


「……違います」 


低く呟く。

何に対してかは分からない。


それでも、否定する。

必要があると感じたからだ。


思考が、一瞬遅れる。

次の判断が、わずかに遅れる。


それだけで、空白が生まれる。

その隙間に――

入り込む。

見えないものが。


「……っ」


指先に力が入る。

押さえ込む。

止める。

それ以上は、許さない。


「……問題ありません」


声に出す。

確認。

自分に向けて。


それで、整える。

それでいい。

それが正しい。


セレスティナは、再び手を動かす。

動きは正確だ。


乱れはない。

何も変わっていない。

そのはずだった。


だが――

視線が、わずかに止まる。


何もない空間。

そこに、何かがあるように。


掴まれる感覚。

離れない。

振り払えない。


「……」


言葉にはしない。

できない。

それでも――

残っている。


確かに、そこに。

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