第十八話 残った感覚
意識は、穏やかに戻った。
唐突ではない。
引き上げられるように、ゆっくりと浮上する。
瞼を開く。
見慣れた天井だった。
位置も、高さも、変わらない。
違和感はない。
「……」
呼吸を整える。
浅くもなく、乱れてもいない。
脈も、落ち着いている。
問題はない。
そう判断できる程度には、思考は正常だった。
ゆっくりと、身を起こす。
視界が揺れることはない。
手足の動きも、問題ない。
いつも通りだ。
「……大丈夫か」
低い声が落ちる。
視線を向ける。
そこにいたのは、ディオンだった。
変わらない立ち姿。
わずかな隙もない。
セレスティナは、短く頷く。
「問題ありません」
声音も、変わらない。
迷いはない。
それで十分だった。
ディオンは、それ以上踏み込まない。
踏み込むべきではないと、理解している。
「倒れた」
事実だけを告げる。
「……そうですか」
短く返す。
まるで他人事のように。
実感はない。
倒れたという記憶も、曖昧だった。
断片すら、残っていない。
それでも――
「……」
手が、わずかに止まる。
理由は分からない。
だが、指先に違和感が残る。
冷たい。
濡れているような感覚。
だが、実際には何もない。
視線を落とす。
何も付いていない。
それでも、消えない。
「……気のせいです」
小さく落とす。
確認。
それで終わるはずだった。
「……」
ディオンは、その様子を見ている。
何も言わない。
だが、見逃さない。
ほんのわずかなズレを。
「何があった」
問いは短い。
余計な言葉はない。
セレスティナは視線を上げる。
考える。
だが――
答えはない。
「……分かりません」
正直な返答だった。
隠しているわけではない。
本当に、分からない。
それでいい。
それが、今の状態だ。
ディオンは頷かない。
否定もしない。
ただ、受け取る。
「……ノエルは」
その名を、落とす。
意図はない。
確認でもない。
ただ、置いた。
その瞬間だった。
「――」
呼吸が、わずかに止まる。
ほんの一瞬。
それだけだった。
だが、確かに止まった。
セレスティナの視線が、わずかに揺れる。
次の瞬間には、戻る。
何事もなかったかのように。
「……どうかしましたか」
平坦な声音。
変化はない。
だが――同じではない。
ディオンは、それ以上追わない。
必要がないと判断する。
「……いや」
短く返す。
それで終わる。
沈黙が落ちる。
静かだった。
何も変わっていない。
そのはずだった。
だが――
「……」
セレスティナは、視線を落とす。
手を、見る。
何もない。
それでも、残る。
掴まれていたような感覚。
離れない。
振り払えない。
「……」
言葉にはしない。
できない。
理由が分からないからだ。
それでも――
残っている。
確かに、そこに。




