第十四話 歪んだ記憶
雨の音が、やけに大きく響いていた。
窓を打つ音ではない。
もっと近い。
耳の奥にまとわりつくような、重く鈍い音だった。
止まらない。離れない。
思考の奥にまで染み込んでくる。
ノエルは目を閉じる。
思い出そうとしているわけではない。
だが――浮かぶ。
夜だった。
風が強く、視界は揺れ、足元は不安定で、濡れた地面が靴を滑らせる。
踏み出すたびに、体がわずかに傾く。
「……セレス」
呼んだ。
声は、風に流される。
返事は――あったはずだ。
かすかに。
聞き取れないほどの、小さな声で。
その方向へ、手を伸ばして
触れた。
細い腕。驚くほど軽い。
掴んだ瞬間の感触だけは、はっきりと残っている。
冷たかった。
雨に濡れているからではない。
もっと奥から冷えているような、そんな感触だった。
「……違う」
低く、呟く。
何が違うのかは分からない。
だが、噛み合っていない。記憶が、どこかでずれている。
それでも、そのまま引き寄せた。
強く、逃がさないように。離さないように。
危ない、と思った。
そうしなければならないと判断した。
だから、離さなかった。
それだけだ。
足元が滑る。
体勢が崩れる。
視界が大きく揺れる。
何かにぶつかる音がして、次の瞬間、鈍い衝撃が走った。
その瞬間――手が、離れた。
「……」
呼吸が浅くなる。
次の記憶が、繋がらない。そこだけが、切り取られたように抜け落ちている。
だが、結果は知っている。
セレスは、倒れていた。
動かない。意識がない。
濡れた髪が頬に張り付き、視線はどこにも向いていなかった。
血が――
「……」
思考が止まる。
そこから先は、形にならない。
形にしようとすると、崩れる。
ノエルはゆっくりと目を開ける。
呼吸を整える。
乱れは、すぐに消える。
「……助けた」
低く、言い切る。
それが結論だった。
あの時、自分は手を伸ばして掴んだ。
離さなかった。
守ろうとした。
だから――間違っていない。
「……間違っていない」
確認するように、繰り返す。
それでいい。
それが正しい。
だが――胸の奥に、わずかな違和感が残る。
消えない。
形にもならないまま、ただ残る。
理解できない。
ならば、必要ない。
「……関係ない」
吐き捨てる。
必要なのは、結果だけだ。過程など、どうでもいい。
「……守る」
静かに落とす。
誓いではない。
当然のことのように。
「……手に入れる」
続ける。
迷いはない。
そのためなら――何を捨ててもいい。
雨の音は、まだ消えない。




