第十三話 戻らないもの
静かだった。
屋敷の中は、いつも通りに整えられている。
音も、気配も、乱れはない。
だが――
ノエルは、立ったまま動かなかった。
視線はどこにも向いていない。
思考だけが、繰り返されている。
「……おかしい」
小さく、落とす。
何が、と問われれば答えはない。
だが、確かに違和感がある。
思い出すのは、ひとつの場面。
「ノエルは」
その言葉。
呼び方は変わらない。
昔から、そうだった。
それなのに――
何かが違う。
距離。温度。視線。
どれも、ずれている。
「……違う」
低く呟く。
否定だった。
だが、何を否定しているのかは分からない。
理解が追いつかない。
それでも。
「……あれは」
言葉が途切れる。
胸の奥に、何かが引っかかる。
引きずり出そうとすればするほど、形が崩れる。
思考が、歪む。
「……」
目を閉じる。
浮かぶのは、断片。
雨。風。暗闇。
揺れる光。
――手。
そこまでだった。
それ以上は、繋がらない。
繋がらないはずなのに。
胸の奥が、わずかに軋む。
「……何だ」
苛立ちが滲む。
分からないことが、不快だった。
理解できないものは、排除するべきだ。
そう思うのに――
消えない。
残る。
「……関係ない」
吐き捨てる。
思考を切る。
それでいい。
それで終わるはずだった。
だが――
「……欲しい」
小さく、落ちる。
それだけは、はっきりしていた。
理由はない。
必要もない。
ただ、それだけが残る。
「……手に入れる」
迷いはなかった。
すべてを捨てる覚悟も、すでにある。
だからこそ。
「……取り戻す」
低く、呟く。
それは確認ではない。
決定だった。




