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恋を必要としない令嬢に、皇帝の執着だけが通じない  作者: 絵宮 芳緒
第三章 囲い込み

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第十一話 変わらない距離

「母上が気にしていた。顔を見てこいと」


扉を閉めながら、ディオンが言う。

それだけで用件としては十分だった。


セレスティナは手を止めることなく、視線だけを上げる。


「そうですか」


短く返す。

声音に変化はない。


ディオンはわずかに目を細めた。

変わらない――少なくとも表面上は。


「問題はないか」


「ございません」


間を置かずに返る。

即答だった。

それが正しいと理解しているからこその速さ。


ディオンはそれ以上問わない。

問う必要がないと判断する。


だが、視線だけはわずかに残る。


「リリアナの件は進んでいる。先日、先方から正式な書簡が届いた」


ふと話題を変えるように言う。

セレスティナは一拍も置かずに応じた。


「お姉様の件は、承知しております」


変わらない返答。

乱れはない。


「そうか」


短く返す。

それで会話は成立する。


問題はない。

すべては正しく進んでいる。

そのはずだった。


「……ノエルは」


ディオンが何気なく口にした、その瞬間だった。


わずかに、間が空く。

ほんの一瞬。

だが確かに止まった。


セレスティナの手がわずかに止まり、すぐに動く。

何事もなかったかのように。


「……どうした?」


短く問う。

セレスティナは視線を落としたまま答える。


「問題ありません」


即答。

先ほどと同じ速さ、同じ声音。

だが――同じではない。


ディオンはそれ以上何も言わない。

言う必要がないと判断する。


(今のは……)


思考がわずかに止まる。

言葉にするほどではない違和感。

それでも確かにあった。


「無理はするな」


それだけを落とす。

踏み込まない。

踏み込むべきではないと理解している。


セレスティナはわずかに視線を上げる。


「しておりません」


短い否定。それで終わる。それ以上は続かない。


ディオンはわずかに息を吐く。


「……そうか」


それ以上は言わない。

言えないのではない。

言う必要がないと判断したからだ。


セレスティナは再び手元へ視線を落とす。

動きは正確で、乱れはない。

何も変わっていない。


そのはずだった。

だが――ディオンはしばらくその場に立ったまま動かない。

理由はない。

ただ視線だけが残る。


(……揺れている?)


断定はしない。できない。それほどの変化ではない。


「……珍しいな」


小さく落とす。

セレスティナは顔を上げない。

反応もしない。

それでいい。

それが今の距離だった。


ディオンは背を向ける。

それ以上は踏み込まない。踏み込めば壊れると分かっているからだ。


扉に手をかけ、そのまま開く。


「また来る」


振り返らずに言う。

セレスティナは答えない。必要がないからだ。

それでいい。

それが今の関係だ。


扉が閉まる。静寂が戻る。


セレスティナは手を止めない。

思考も止めない。

すべてはいつも通り。

変わらない。

変わる必要はない。

そのはずだった。


だが――わずかに、指先が止まる。


ほんの一瞬。それだけだった。

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