第十話 見えているもの
「……面倒なことになってるな」
小さく、吐き出す。
誰に向けた言葉でもない。
アシュレイは窓際に寄りかかり、外を眺めていた。
皇城の中庭は、いつもと変わらない静けさに包まれている。
人は動いている。
兵も配置されている。
何もおかしなところはない。
――表面上は。
「止めたところで、無駄か」
肩をすくめる。
答えは、最初から分かっている。
ノエルは止まらない。
あの目を見れば、誰でも分かる。
あれは、もう選んでいる。
理屈ではない。
だからこそ、厄介だ。
「……あそこまでやるか、普通」
視線をわずかに細める。
思い出すのは、先ほどのやり取り。
閉じられた導線。
開かれた道。
逃げ場のない配置。
あれは、ただの包囲ではない。
「囲ってるつもりはない、か」
小さく笑う。
そういう問題ではない。
あれは――
「最初から、逃がす気がない」
結論だけを落とす。
だが、力で縛っているわけではない。
捕らえてもいない。
それでも、逃げられない。
「……性質が悪いな」
低く呟く。
そして、もう一つ。
頭から離れないものがあった。
「……あの女は、何だ」
セレスティナ。
思い返す。
視線。動き。言葉。
どれも、違和感があった。
感情がないわけではない。
だが――
揺れない。
反応が、遅れるでもなく、早いわけでもない。
ただ、ずれている。
「……あれで気付かないのか」
視線を落とす。
周囲は、すでに変わっている。
空気も、距離も。
だが、本人だけが変わらない。
いや――
「変わる必要がない、か」
訂正する。
あれは、そういう存在だ。
だからこそ。
「……目を離さない」
ぽつりと落とす。
誰に向けた言葉でもない。
だが、それが一番正確だった。
ノエルは動く。
レオニスは、すでに動いている。
そして――
あの女は、動かない。
動かないまま、すべての中心にいる。
「……面白い」
小さく笑う。
口元だけが、わずかに歪む。
関わるつもりはない。
踏み込む気もない。
だが――
見ている分には、悪くない。
アシュレイは視線を上げる。
皇城の奥。
静かに整えられた、その先へ。
「さて、どう転ぶ」
答えは、まだ出ていない。
だからこそ、価値がある。
「――まだ、名乗る必要はない」




